オヤジ記者が選んだ、高校野球夏のベストナイン&ベストゲーム

2018年7月24日14時0分  スポーツ報知

 夏の甲子園開幕まで2週間を切りました。スポーツ報知では筋金入りのマニアックな高校野球オヤジ6人が、それぞれの野球観をムキ出しに「夏の甲子園オールタイムベストナイン」を選定。真夏の聖地を彩った、記憶に残る高校球児とベストゲームを選んでみました。読者の皆さんの“心のベストナイン”は誰ですか。

 皆川泰祐(55)メディア局局次長(新潟県長岡市出身)

 実際に甲子園で取材したチーム、選手から選んだ。今もなお語り継がれる、あの夏の横浜&松坂を生観戦できたことを幸せに思う。渡辺元智監督が唯一、負けを覚悟した準決勝はサヨナラの瞬間にその場で全員がグラウンドに突っ伏した明徳義塾ナインの姿が忘れられない。
 矢野はこれも伝説となった奇跡のバックホーム。高木は三塁線への打球の判定を巡って三塁審判にまで駆け寄った負けん気の強さ、今井は公称170センチ、88キロの愛すべきキャラクターで選出。松井の5敬遠ではグラウンドに投げ込まれたメガホンを星稜の控え選手が拾いに行く様子がいたたまれなかった。
 94年、西原が同点の9回に夏史上初の決勝満塁本塁打を放つと、中3でそれを見ていた兵動は同じ佐賀商へ進学。3年後の初戦の7回に逆転満塁弾。さらに10年後、今度は佐賀北の副島浩史が決勝で逆転満塁本塁打と、佐賀勢の劇的な満塁弾の歴史がつながっていく。
★ベストゲーム
98年準決勝
横浜7X―6明徳義塾

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 名取広紀(52)編集局次長、運動第一部部長(山梨県甲府市出身)

 オールタイム、ではなく、アマ野球担当をしていた99~02年、実際に夏の甲子園で取材、目にした選手を中心に選んだ。
 真っ先に名前を挙げたいのが寺原。2回戦の玉野光南戦、MLB球団のスカウトのスピードガンが当時の日本球界最速タイとなる158キロを計測した。相手打者がファウルした球だったので「打球速度ではないのか?」と言われたほどの衝撃だった。テレビ中継の表示は153キロだったが、そこはスポーツ紙。5キロ上回るネット裏での計測を“採用”したことを思い出す。
 外野で選んだ清水は走攻守そろった玄人受けする選手。高校2年時の99年夏から3季連続で甲子園出場。進学した亜大でも早くから試合出場を果たした好選手だった。
★ベストゲーム
75年決勝
習志野5―4新居浜商

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 南公良(52)編集局運動第二部部長(東京都中野区出身)

 インパクト重視の選手選考です。
 ▼松井裕=1試合22奪三振。破られない記録だ
 ▼長嶺=覚えていますか?左投げの捕手を。すごい違和感でした
 ▼清原=希代の長距離砲は、全年代でも飛び抜けた存在
 ▼林=04年は横浜・涌井からサイクルヒット。05年は主将で夏連覇
 ▼松井秀=バットを一度も振れずに終わる夏。こんなドラマ。誰も描けない
 ▼渡辺=グラブさばき、フットワーク、そして肩。守備を見たくて球場に行ったほど
 ▼水野、藤井、原島=いずれも強打が売り。打球が面白いように飛んでいった
★ベストゲーム
84年1回戦
法政一1―0境

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 秋本正己(53)ビジネス局専門委員(埼玉県上尾市出身)

 同級生に敬意を表し、1964年(昭和39年)度生まれの選手を中心に選んだ。高校時代、ナマで見た選手はいまだに忘れられない。練習試合で対戦した荒木、石井丈裕(元西武)のキレのある直球は市川口のチームメートだった斎藤雅樹(現巨人1軍投手総合コーチ)より速く感じた。
 そして、自分より小さい160センチ台しかない小沢の軽快な守備、黒柳の強肩を目の当たりにして、自らの限界を悟った。
 その早実をフルボッコにしたのが池田。僕たちが手も足も出なかった荒木から本塁打を放った水野、江上ら山びこ打線のすごさ。テレビで見て衝撃を受けた板倉が東海大甲府戦で放った本塁打は、三塁手がライナーをジャンプして捕ろうとしたのにスタンドイン。上には上がいる。あの時代、みんなすごかった。
★ベストゲーム
82年準々決勝
池田14―2早実

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 浜木俊介(57)編集局レース部部長(石川県珠洲市出身)

 夏の甲子園で最も遠くにある記憶は、1968年の第50回記念大会。大阪の興国と沖縄の興南が戦った準決勝を見て、小学1年で「興」という難しい漢字を覚えることができた思い出があります。この大会を制したのは、初出場だった興国。そこで「初出場校」に絞って半世紀を振り返り、ベストナインを選んでみました。
 ▼君島=わずか68球で9回完投の“大記録”
 ▼久保田=終盤のピンチでマウンドへ
 ▼瀬間仲=ブラジルからの留学生が特大アーチ
 ▼高橋&土谷=芸術性の高い二遊間
 ▼中村=現在は浜松開誠館高校の非常勤コーチ
 ▼隻手=4強入りした“普通の公立校”の主将
 ▼竹場=ヒゲで有名に
 ▼萩谷=1年生4番は準優勝校・東海大相模から2安打
★ベストゲーム
13年準々決勝
前橋育英3―2常総学院

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 増村一成(52)編集局編成部部長(秋田県秋田市出身)

 秋田県出身者として、エースは金足農・水沢。84年夏の準決勝。相手はKK擁するPL学園。ジャイアントキリング目前で桑田に逆転2ランを浴びた。甲子園歴史館、PLと金足農のユニホームが並んで飾られているのは誇らしい。
 秋田商・武藤も思い出深い。八橋球場外野席で観戦していた父と私の頭上を越えた場外弾は圧巻。その打球に一目ぼれしてドラ1指名したのは南海・野村克也監督だ。
 全ての打球が規格外だったのは済美・鵜久森。甲子園の三塁側にあった旧照明塔の上部にゴツンと当てたファウルには場内騒然。千葉経大付戦では強烈なライナーに外野手が吹っ飛んだ「レフト強襲ヒット」。決勝の駒大苫小牧戦は最後の打者。北海道初優勝を生んだ歴史的な打球も恐ろしく高く上がった遊飛だった。
 紹介も兼ねて一人だけ特例で現役選手を入れたい。昨夏甲子園出場の立役者、明桜の3年生・山口。間違いなく秋田県史上NO1打者。将来プロでの活躍も期待。ぜひ覚えておいてください。
★ベストゲーム
84年準決勝
PL学園3―2金足農

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