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センバツ当確! 慶応の指揮官はなんと小学校の先生 森林監督を直撃

2017年12月4日12時0分  スポーツ報知
  • イニング間に慶応ナインへ指示を出す森林監督

 今秋の関東大会で4強入りし、来春センバツ出場に当確ランプをともした慶応(神奈川)を率いるのが森林貴彦監督(44)だ。同校を春夏計4度甲子園に導いた上田誠前監督(60)からバトンを引き継ぎ、15年秋から指揮を託された。高校野球の監督としては異例となる小学校の教諭で、慶応幼稚舎(渋谷区)では担任を務める。新卒で大手企業に就職しながらも、捨てられなかった高校野球指導者の夢。これまでの道のりを聞いた。(構成・加藤 弘士)

 放課後。森林監督は小学校の業務を終えると、日比谷線の広尾駅へと向かい、地下鉄に乗り込む。目指すは横浜市港北区日吉にある慶応野球部グラウンド。指揮官が作成した練習メニューはLINEで13人の学生コーチに送信され、到着前にベンチのホワイトボードに書き込まれる。1、2年生の計79人の部員はそれを見て、練習を始める。電車内の約30分で、小学校の先生は名門校の監督へ、切り替わる。

 「小学生と高校生を同じ日に見られるのは、僕だけにしかできない経験です。面白いですよ。小学生が“子供中の子供”とすれば、高校生は大人に近いと感じることもあるし、小学生とほとんど変わらないなと思うこともある。例えば体力や論理性や計画性は、大人に近い。一方、うまくいかないと気分的にダメになっちゃうところとかは、小学生と変わらない。高校生は子供と大人のまさに『間』。その『間』で揺れ動いているというのは痛感しますね。そんな見方ができる高校野球の監督は、なかなかいないし、貴重だと思っています」

 高校野球の監督は多くが高校の教諭や職員。あるいは時間的な融通が利く自営業だ。勝利を義務づけられた『職業監督』もいる。小学校教諭が務めるケースは極めて異例。そこまでの道のりは、決断の連続だった。

 森林監督は慶応普通部(中学)を経て、慶応では遊撃手として活躍。慶大進学後は高校の学生コーチを務めた。卒業後は大手の一般企業に入社。安定した会社員人生を送る…はずだった。それでも指導者になりたいとの熱意は、決して消えることがなかった。

 「もう一度スポーツの勉強をして、教員免許を取ろうと思ったんです。サラリーマンは3年で辞めました。周りからはいろいろ言われましたが、他にやりたいと思えることが明確にあって、今の生活ではそれが実現できないとなれば、新しい道に行くことに迷いはなかった。上田前監督にも相談しましたが、相談した時にはもう自分で決めていましたね。僕の性格的にはいろんな方の意見も聞くけど、最終的には自分で決めないと嫌。そうしないと後悔しますから」

 スポーツ科学を学べて、教員免許も取れるところは―。調べた結果、筑波大大学院に進むことを決めた。会社員生活で蓄えた貯金を学費に充てた。大学近くのつくば市春日4丁目にある築30年のアパートは家賃3万5000円。初の一人暮らしが始まった。授業に出る中で数か月が経過し、現場での指導機会も得たいと思っていたところ、当時つくば秀英の監督だった阿井英二郎氏(元ヤクルト投手、元日本ハムヘッドコーチ)と出会った。同校のコーチを依頼され、快諾した。

 「僕は中高、大学時代の学生コーチとずっと慶応の枠の中でやってきたから、よくも悪くもそこしか知らない。阿井さんはプロまで行った方ですから、今までと全然違う価値観を学ぶことができた。最高の経験でしたね。元プロだから技術―というわけではなく、心の部分が大事であると。プロでも最後はそこが大事なんだと。すごく参考になりましたし、今の自分にも影響を与えていただいたなと思います」

 大学院では3年間、他競技のアスリートともふれあう中でコーチング論を学び、中高の体育教員免許を取得した。関東でどこか、体育教師をやりながら野球指導ができる高校はないか。探していたところ、慶応幼稚舎の体育教師の募集があった。これなら母校・慶応の指導にも携われる―。

 「合格して1年目、体育の先生をやっていたんですが、『2年目から担任をやれないか』との話があって。そのためには小学校の教員免許が必要でした。そこで1年間、明星大の通信課程を受講して、取りました。そして2年目から、担任をやることになったんです」

 小学校教諭として授業や学級運営に心血を注ぎながら、高校のコーチや助監督としても全力でナインと向き合ってきた。そして15年秋、監督に就任した。

 「伝統校ですし、夏の第2回大会の優勝校。責任は大きいというのは、就任した時よりも今の方が日に日に感じています。慶応には『エンジョイ・ベースボール』もそうですが、脈々と流れているものがある。『こう変えてやろう』というよりも、慶応らしさを大切にしていこうと思いました」

 就任後、16年夏の神奈川大会決勝、同年秋の関東大会準々決勝と、ともに甲子園に王手をかけながら、敗れた。そして今秋。神奈川大会、関東大会では1点差勝利が4試合と競り勝ち、センバツを当確にした。

 「接戦に慣れて、接戦は怖くない、というのがある。接戦の中でもアタマが真っ白にならず、普通にやるべきことをやる。それができるのが今の代のいいところです。『さっきエラーしたから取り返さなきゃ』とか、そういうのはやめてくれといつも言っています。そんなことで取り返せるほど、甘くない。ウチはミスをしても勝つチームになろうと。よく『ミスしたら負け』というけど、高校野球で『ミスしたら負け』といったら、みんな負けちゃいますから。ミスしても試合トータルで勝つと。ミスしても次のプレーは、普通にやる。心をできるだけ平らにする。それが秋の段階で、少しはできたかなという感じです」

 センバツ選考委員会は来年1月26日。ナインやOBだけでなく、小学校の教え子も吉報を心待ちにする。

 「県大会や関東大会では、親子で応援に来てくれる子もいました。センバツも楽しみにしてくれています。公式戦が平日だったりすると、授業を休んで行くこともあるわけですから。小学生たちにも応援されて、支えられていると思いますね」

 ◆森林 貴彦(もりばやし・たかひこ)1973年6月7日、東京・渋谷区生まれ。44歳。慶応では遊撃手。慶大では慶応の学生コーチを務め、佐藤友亮(現西武外野守備走塁コーチ)らを指導。卒業後は一般企業を3年で退社し、筑波大大学院でコーチング論を専攻。慶応コーチ、助監督を経て、15年秋に監督就任。慶応幼稚舎教諭。家族は妻と2男。

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