元中京商監督・深谷弘次氏が死去…甲子園33勝

スポーツ報知

 中京商高・中京高(ともに現中京大中京高、愛知)、三重高(三重)の監督として甲子園通算33勝を挙げた深谷弘次(ふかや・ひろじ)氏が10日、亡くなった。90歳だった。

 深谷氏は愛知県出身。53年に日大を卒業後、24歳の若さで母校の中京商高の監督に就任し、いきなり同年夏の甲子園に出場。その後、54年夏に同校にとって戦後初となる甲子園優勝を果たすと、56年春、59年春にも全国制覇(58年春も準優勝)。堅守と小技を生かした手堅い戦いで、黄金期を築き上げた。

 その後、同じ運営母体だった三重高に移って同校を春夏3度の甲子園に導き、中京商の監督に復帰。両校で春夏通算14度の甲子園出場で通算33勝(11敗)は歴代12位。3度の優勝と勝率7割5分は、いずれも歴代5位タイ(勝率は通算20勝以上対象)。愛知大学リーグの中京大でも監督を務めた。

 葬儀・告別式は13日午前11時から愛知県日進市赤池町モチロ61の82、平安会館平針赤池斎場で。喪主は長男・潤(じゅん)氏。

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