【阪神】甲子園名物・ラッキーゾーン復活計画 

2018年9月11日4時50分  スポーツ報知
  • 甲子園球場のラッキーゾーン(1988年3月撮影)
  • 本塁打を放った星稜・松井(1992年3月撮影)
  • ウィリアムを三振に打ち取る江夏氏(1973年8月撮影)

 阪神の本拠地・甲子園球場に「ラッキーゾーン」を復活させるプランがあることが10日、分かった。球場の改修計画の一つとして阪神電鉄本社内で議論されており、実現すれば91年シーズン限りで撤去されて以来の復活となる。甲子園はナゴヤドーム、ZOZOマリンスタジアムとともに本塁打の出にくい球場として知られており、今季のチーム本塁打はここまでリーグ最少の72本。ラッキーゾーン復活が実現すれば本塁打の増加は確実で、魅力的な熱戦も増えそうだ。

 1924年の誕生から94年。幾度となく改修が行われてきた甲子園球場の、さらなるリニューアル計画が水面下で進行している。アルプス席の大幅な改修などさまざまなプランがある中で、目玉となるのが“ラッキーゾーン”の復活。電鉄幹部は「さまざまなことについて検討、検証していることは事実です」と説明した。昨季も12球団トップの観客動員数を誇ったが、ファンに足を運んでもらうための工夫に余念がない。

 甲子園は両翼が95メートルと短いが、左中間、右中間のふくらみが中堅と同じ118メートルと極端に深く、また、ライトからレフトへ吹く独特の浜風によって、左打者には特にサク越えが難しい球場となっている。ホームランは「野球の華」と言われるだけに、ホームランの出やすい形状にすることは、ファンサービスの一環となることは間違いない。

 日本一に輝いた1985年は、バース、掛布、岡田の強力クリーンアップを中心に当時のリーグ記録を更新する219本塁打をマーク。圧倒的な猛打で、虎ファンを熱狂の渦に巻き込んだ。だが、ラッキーゾーン撤去の影響は顕著。撤去後初シーズンとなった92年から昨季までの26年で、チーム本塁打が100本に届かなかったことが15度もある。シーズン30本塁打以上の生え抜き打者も85年の掛布、岡田を最後に出ておらず、野手のスター誕生には厳しい環境と言える。

 ヤフオクドームのホームランテラスのように観客席を設けるかなど、具体的な縮小方法や、ラッキーゾーンの新しい名称などは今後議論される。早ければ今オフにも計画が進行するが、設置時期も未定。さらに電鉄本社内では、グラウンド縮小そのものに根強い反対意見があり、春、夏の高校野球を主催する高野連との意見調整も必要になる。いくつものハードルがあるが、実現すれば本塁打の増加は確実。ファンが喜ぶ得点シーンも急増しそうだ。

 ◆ラッキーゾーンが生んだドラマ

 ▼1947年5月26日 阪神・南海戦で設置後初試合。選手は本塁打狙いの大振りになり、結局、ラッキーゾーンの恩恵を受けることなく1―0で若林忠志の完封勝利。

 ▼73年8月30日 当時25歳の阪神・江夏豊が中日戦で延長11回を投げ抜き、その裏、自らのバットで右翼ラッキーゾーンへサヨナラ2号をたたき込んで、ノーヒットノーランを達成。

 ▼88年5月28日 阪神・大洋戦で阪神の左翼・金森栄治がフェンスによじ登って大洋・石橋貢の打球をキャッチしようと試みるも、勢い余ってラッキーゾーン内に転落。一方で石橋はプロ通算6本塁打のうち3本をこの試合で打った。

 ▼92年3月27日 撤去されて初の公式戦がセンバツの開幕試合、星稜・宮古戦。星稜の松井秀喜が大会1、2号の2打席連続本塁打を放った。大会を通じて7本塁打(ランニング本塁打1本含む)のみと、前大会の18本から半数以下になった。

 ◆近年の球場外野“テラス席化”

 ▼楽天生命パーク(楽天)12年オフ。両翼を1.4メートル縮めて100.1メートルに。さらに左中間と右中間の最深部も1メートル縮小して116メートルとし、新フェンス後ろに「Eウイング(90席)」を設けた。13年のチーム本塁打は前年の52本から97本(うち本拠地では19本から42本)とほぼ倍増した。

 ▼ヤフオクドーム(ソフトバンク)14年オフ。高さ5.84メートルの外野フェンス前方に高さ4.2メートルの新フェンスを設け、その間に観戦エリア「ホームランテラス(286席)」を設置した。本塁から外野フェンスまでの距離は最大約5メートル短縮。15年のチーム本塁打は前年の95本から141本(うち本拠地では34本から77本)に増えた。

 ▼ZOZOマリン(ロッテ)18年オフ改修予定。外野フェンス前にせり出す観客席「ホームランラグーン(302席)」の設置を9月3日に発表した。10日現在のチーム本塁打61本は12球団最少。

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