中村七之助、女形の魅力気付かされた坂東玉三郎の教え

2018年2月11日9時0分  スポーツ報知
  • 女形への熱い思いを語る中村七之助(カメラ・川口 浩)

 福岡・博多座「二月花形歌舞伎」(25日まで)に出演中の歌舞伎俳優・中村七之助(34)が、このほどスポーツ報知のインタビューに応じた。2012年12月に父・中村勘三郎さん(享年57)が亡くなってから5年。父や兄・中村勘九郎(36)への思いを通じて、中村屋を支える覚悟を語った。

 勘三郎さんが亡くなって、早いもので5年たつ。父が旅立った時は、京都・南座で兄・勘九郎の襲名披露公演中だった。「酷な仕事をしているな、と思うこともあるけど(亡くなったのが)休みの月じゃなくてよかったとも思う。この5年間、休まないから突っ走れ、それが舞台に立つ馬力にもなってくれているんじゃないかと思ってます」

 一心不乱に歌舞伎と向き合い、2人は周囲が驚くほどの成長を遂げてきた。

「1人だったら無理。兄がいてくれてよかったと心から思う。でも兄とは『中村屋どうする?』なんてことはほとんどしゃべらないんです。やっていかないといけない覚悟は、確認するまでもない。互いの腹の底にありますから」

 博多座の夜の部では父と尊敬する女形、玉三郎の代表作だった「鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)」を兄と演じている。七之助は都で一番とうたわれる遊女・蛍火役だ。

 「父が生きていれば、まだやらせてもらっていないでしょう。僕はずっと父に褒められたくて歌舞伎をやっていた。いまも、父だったらどう思うだろうと考えます。今日のだと、どなられるなとか。たまに映像などを見ると、父はやっぱりいい役者なんですよ」

 昼の部では多くの人物を演じ分け、早変わりもある「お染の七役」。玉三郎から教わったことをいつも反すうする。「早変わりショーになってはいけないと。役ごとの型、声の出し方から手の位置まで」細かく指導してもらった。「じっとしている時も、心は激しく動いていないといけない」。10代のときに玉三郎に教わった言葉だ。「女形を初めて楽しいと思わせてくれた人です」

 また違った意味で、今年は特別の年になるかもしれない。勘九郎が来年のNHK大河ドラマ「いだてん ~東京オリムピック噺(ばなし)~」に主演するため、長期収録に入る。中村屋の“留守”を守るのが七之助だ。家では2人のおいっ子(中村勘太郎、長三郎)に「兄が厳しい分、僕は溺愛してますね」と優しい叔父さんの顔になる。

 今、多くの若手俳優が映像の仕事にも積極的な中、七之助は真逆のタイプだという。「歌舞伎以外に興味がないんですよ。いま充実していますから。僕は歌舞伎の中でいろんなものを生み出していきたい」。その表情と口調は、揺るぎないものを感じさせた。(土屋 孝裕)

 ◆中村 七之助(なかむら・しちのすけ)本名・波野隆行。1983年5月18日、東京都生まれ、34歳。18代目中村勘三郎の次男。86年「檻」の祭りの子で初お目見え。87年「門出二人桃太郎」で2代目中村七之助を名乗り、兄の6代目中村勘九郎(当時勘太郎)とともに初舞台。03年に映画「ラストサムライ」出演。身長174センチ、血液型O。5月にはコクーン歌舞伎「切られの与三」に出演する。

 ◆二月花形歌舞伎の演目

 【昼の部】

 磯異人館(中村橋之助、尾上松也)

 お染の七役(七之助、勘九郎)

 【夜の部】

 義経千本桜 渡海屋、大物浦(松也、七之助)

 鰯賣戀曳網(勘九郎、七之助)

芸能
今日のスポーツ報知(東京版)