“新加勢大周”坂本一生さん、転職14回の波乱人生「もう失敗できない」

2018年4月18日14時0分  スポーツ報知
  • 念願のジムを昨年オープンさせた坂本一生さん。筋肉隆々の体は健在(カメラ・田中 俊光)
  • ジャッキー・チェンとも交流。トレーニング法を学んだという
  • 格闘家のアンディ・フグさんとも親交があった
  • 今年4月からは焼き肉店などを展開する会社の取締役にも就任

 もう失敗はしない―。1993年、俳優・加勢大周に対抗して「新加勢大周」の芸名で華々しく芸能界デビューを飾った坂本一生さん(46)が“しくじり人生”からの巻き返しを誓った。14回の転職の末に夢をかなえ、昨年、千葉・八千代市にトレーニングジムをオープン。4月からは飲食チェーンを運営する会社の取締役に就任し、実業家の道を歩み出している。決してめげない、不屈の闘志の源とは。

 学生時代にトレーニングに目覚め、芸能界でも肉体派で売った坂本さん。昨年11月、地元の千葉・八千代市に個別指導のジムをオープンさせ、徐々に会員数を増やしている。

 「もともとジムをやりたかったんですが、いろいろ違う方向に行って遠回りしました。でも、今で良かったのかなとポジティブに捉えています。僕のことを知ってるのは40代以上。中高年の方も対象にしているので、知ってもらえていた方がやりやすい。『スタイルが良くなった』とか、感謝されるとやりがいを感じますね」

 加えて4月からは千葉市内でラーメン店と焼き肉店を展開する「一’S(いちず)エンタープライズ」社の取締役にも就任。経営の一端を担うようになった。

 「飲食店も過去に経験して、お客さんの満足した笑顔を見るのが、すごくうれしかったんですよね。過去の経験で培った良い部分、悪い部分というのを役員として社長以下、メンバーにもはっきり伝え、一緒にいい事業を作っていけるよう頑張っていくつもりです。そのためにも日々、勉強なんですよね」

 波乱万丈の半生だ。93年、俳優・加勢大周さんに対抗した「新加勢大周」の芸名でデビュー。騒動に発展し、ほどなく「坂本一生」に改名した【注】が、一連の流れのインパクトは絶大。スポーツバラエティー番組などに起用され、売れっ子になった。芸能界入りは、高校卒業後2年間留学した豪州から帰国したばかりの成田空港でスカウトされたのがきっかけだった。

 「今みたいにインターネットもないし、加勢さんのことも知らなかった。知ってたら絶対にやりませんよ。僕は巨人の入団テストを受けるつもりだったんです。野球は小学校からやっていて自信があった。足は速かったし、遠投も100メートル以上。芸能界には全く興味がなかった。でも、とりあえず、と社長に会ったら『よし、ウチに入れ』と(苦笑)」

 同年の新語・流行語大賞、新語部門銀賞に「新・〇〇」が選ばれるなど、一気にブレイクした坂本さんを妬む声も多かった。

 「芸能界の裏はドロドロしてましたねえ(笑い)。目の敵にされました。10年やっても名前が売れない人もいる中で一躍、時の人になったわけですから」

 しかし、いい時は長く続かない。仕事が減少。生計を立てるため芸能以外の働き口を探した。プロレスラーを目指して初代「タイガーマスク」佐山聡に弟子入りしたのをはじめ、ジムインストラクター、ラーメン店、中古車販売、ホスト、探偵…。転職は実に14回を数えた。

 「長続きしないのは僕に問題があると思われるんですが、そうじゃないんです。建設現場の足場を組む仕事では転落して顎を骨折。高所恐怖症になって続けられなくなった。長距離トラック運転手の時も、歩いていたら車にひかれ、足を骨折してクラッチが踏めなくなって。どっちも給料がよく、長くやれそうな仕事だったんですが」

 荷物の配送をやれば、200キロ以上ある業務用コピー機が足に落ちて骨折。鎌倉のレストランは冬場の来店客がなく閉店。800万円のローンが終わったばかりの愛車セルシオは盗難に遭い、事業への出資を持ちかけてきた知人に2000万円を持ち逃げされるなど災難は続いた。そんな中、巡り合った便利屋の仕事は天職に思えた。取締役の肩書も与えられ「年収2000万円」とテレビでも度々紹介された。だが、実態は違った。

 「もともと人助けが好きなので一生懸命やってたんですがね。テレビで流れたのは全部ヤラセ。知り合いに客の役をやらせて、はやっているように見せていたんです。1店舗増えるごとに月1万円、給料アップの約束だったのに、もらっていたのは平均で30万円ぐらい。2年で200店舗を超えたのに、です。広告塔として利用されていただけでした」

 女性運にも恵まれなかった。バツ2で、子供はそれぞれに1人いる。

 「1回目は29、30ぐらい、2回目は37、38の頃でしたが、うまくいかなかった。特に2回目はひどい女で、当時ホストで稼いでいた給料は全部取られて、僕の小遣いは1日500円。牛丼とジュースで終わりですよ。男の影を感じて調べてもらったら、案の定。その女は離婚して半年もたたないうちに再婚しました。なのに、あるサイトに『女をつくって離婚』と書かれて。頭に来ましたね」

 鋼のメンタルで数々の逆境を乗り越えてきた。

 「僕は何回殴られても立ち上がる、ゴキブリみたいな性格なんです。どんなことにもくじけない。真っすぐな人間だから、利用されてダマされてばかり。人を信用できなくなって、自殺しようとしたこともありました。でも、自分で克服するしかない、と我慢を重ねるうちに強くなった。どんな時も続けていた運動のおかげで体が強くなって、メンタルも強くなったのかもしれません。クスリに走る芸能人もいますが、運動してなかったら僕も変な道に行っていたかもしれませんね」

 将来はトレーニングジムをフランチャイズ展開し、その他の事業へも拡大をもくろむ。

 「全国100店舗以上、ゆくゆくは海外にも広げたいですね。トレーニングもそうですが、勉強を始めるのに年齢は関係ないと思う。頑張る気持ちがあればうまくいくはずです。勉強して、周りの協力を得ながら実業家として頑張っていきたい。もう、失敗できないので(笑い)」(取材・田中 俊光)

 【注】91年、俳優・加勢大周が所属事務所「インターフェイスプロジェクト」から独立しようとした際、芸名を商標登録していた事務所と芸名使用を巡って裁判で争った。その後、加勢側の勝訴が確定したため、事務所は93年7月、「新加勢大周」をデビューさせる。しかし、連日ワイドショーで取り上げられるなど大騒動に発展したことで事務所側が折れ、坂本龍馬にちなんだ「坂本一生」に改名した。

 ◆坂本 一生(さかもと・いっせい)本名・伊藤文夫。1971年4月20日生まれ。46歳。千葉県八千代市出身。千葉商大付高では水泳部に所属。豪州留学から帰国後の93年に「新加勢大周」の芸名でデビューし、後に「坂本一生」へ改名。「筋肉番付」(TBS)などスポーツバラエティーのほか、ビートたけしに目をかけられ「お笑いウルトラクイズ」(日テレ)、「天才・たけしの元気が出るテレビ!」(同)などにも出演。08年、松竹芸能に移籍。09年からフリー。大型2種免許、大型自動二輪、玉掛けなど数々の免許を所持。「SISパーソナルジム」(千葉県八千代市八千代台北1の10の1 桑原第2ビル201)への入会希望はTEL047・481・6600へ。

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