田中大貴アナ、慶大の先輩・由伸監督の「生きていくっていうのは大変だから」の言葉胸に巨人戦でフリーデビュー

2018年5月1日15時0分  スポーツ報知
  • 思い出の地、神宮球場で慶大の先輩、巨人・高橋監督から激励を受ける田中大貴アナウンサー(カメラ・中島 傑)
  • ボクシングWBA世界ミドル級王者、村田とも親交が深い
  • 慶大野球部時代、4年春には本塁打王に輝いた
  • 早大のエースだった和田(ソフトバンク)と慶大4番の2ショット

 4月末付でフジテレビを退社した田中大貴アナウンサー(38)が1日、スポーツ・チャンネル「DAZN(ダゾーン)」で配信されるプロ野球、広島・巨人戦(マツダ)の実況でフリーアナウンサーとしてのスタートを切る。スポーツを中心に、情報番組などのキャスターを長く務めた実力派イケメンアナ。5月からは大手芸能事務所のオスカープロモーションに所属し、15年間の経験を幅広いメディアで生かす一方、スポーツ振興、社会貢献事業にも携わる考えだ。

 2003年にフジテレビ入社後、翌年から10年間、「情報プレゼンター とくダネ!」にレギュラー出演。慶大野球部では4番を打ったとあって、併せてプロ野球中継の実況、「すぽると!」、「HERO’S」などスポーツ番組を担当した。同局の男性アナが30代で退社するのは初。オスカーに男性アナが所属するのも初になる。

 「入社した時から、30代のうちに次の道に行こうと考えていました。2年前、『すぽると!』が終わるタイミングで辞めようとしたんですが、リオ五輪の番組キャスターを任されることになり、新番組も始まったので先送りしていたんです」

 メディア全般に活動の場を広げたいという思いから局アナの看板を捨てた。

 「メディアのあり方がドラスティックに変わっていっている中で、アナウンサーの考え方も変えていかなくては、と考えるようになりました。特にスポーツ中継はBS、CSからインターネットにまで広がっています。それは、アナウンサーが関われる場所が多くなるということ。15年間ためてきたものを、いろんな場所で表現できればと思っています」

 取材をきっかけに親しくなったボクシングWBA世界ミドル級王者・村田諒太(32)=帝拳=の言葉にも背中を押された。

 「ロンドン五輪後、プロになるべきかを相談に来てくれたんですが、いろんな話をする中でやっぱり踏み出すべきだ、となった。そして去年、チャンピオンになった試合の勝利者インタビューで『一歩踏み出す勇気が大事』と彼が話すのを隣で聞いて、改めて『そうだ』と思わされました」

 キー局という大企業を飛び出すことに家族の反対はなかったのだろうか。

 「妻は驚いてはいましたが、『いつかこんな日が来るかもしれない』と思っていたようです。『辞めるなら応援します』と。ありがたいことですよね。内心は不安で仕方ないかもしれないですが、背中を押してくれるわけですから。『その代わり、今以上に謙虚に生きないとだめよ』とも」

 既に多くのオファーを受けている。「DAZN」のほか、6月にBSスポーツ専門チャンネル「J SPORTS」で全日本大学野球選手権の実況が内定。「SPORTS BULL」でも高校野球、インターハイの中継、取材をする予定だ。同サイトで6月に行う東京六大学・早慶戦の実況は、かつて自身もプレーしていただけに感慨深いものがある。

 「フジテレビでできなかった仕事の一つですから、うれしいですね。ましてや自分が立っていた舞台。アマチュアスポーツは大事にしたいので、積極的にやっていこうと思っています。5月にはJ SPORTSで高校バドミントン、WOWOWでNBA中継のお話もいただいています。やったことがないことも、どんどんトライしていきたいです」

 豊富な経験には企業やスポーツチームなども関心を示し、研修、講演の依頼も多い。社会貢献、競技振興に関わりながら“発信”する役割も担いたいという。

 「マーケティングやコンサルティング事業、社会貢献、競技振興につながる活動は積極的にやっていきたいと思い、既に進めています。実況、番組のMC、司会など、これまでの“聞く側”の仕事に加えて、アンカーマン、ジャーナリストとして“答える側”の役割もできるようになれたら」

 5歳上の巨人・高橋由伸監督に憧れて慶大野球部に入部。偉大な先輩が3年まで背負った背番号34を与えられたが「実力が違いすぎて重かった」と苦笑する。フジに内定をもらいながら野球への思いも捨てられずに悩んだ時、決め手になったのは先輩の言葉だった。

 「『今この瞬間、プロでレギュラーになってタイトルを取れるというイメージが湧くのであれば続けなさい』と言われ、諦めがつきました。今回、報告に行った際は『一つだけ言うなら、生きていくっていうのは大変だから』と。『応援するから頑張れ』と言わないのが由伸さんの愛情。その言葉の意味を考えながら、生きていこうと思っています」

 スポーツの力は大きいと実感している。

 「フジテレビでの仕事で最も印象に残るのは、当時(MLB)ブルージェイズにいた川崎(宗則)君から頼まれて手伝った小豆島での野球教室。過疎化が進む島の子供たちを元気づける趣旨だったんですが、その子たちが数年後、甲子園に出たんです。ムネリンが教えた“チェスト!”と叫んでいるのを見てロマンを感じましたね。“本物”を見たことによって甲子園につながるんだと。スポーツの醍醐(だいご)味を感じました」

 1980年生まれの松坂世代。伝説の甲子園大会から今年で20年。オフにはイベントまたは番組の形で、プロに進まなかった選手も含めて大規模な同窓会を開催する計画がある。ライバル・早大のエースだった和田毅(ソフトバンク)は時を経て親友になった。

 「大学時代の対戦成績は9打数7三振ぐらい。3本塁打していた4年春の優勝がかかった早慶戦。和田から打てばプロから声がかかるかもしれないと思って臨んだんですが、三振で最後の打者に。同じように優勝がかかった秋の早慶戦も三振で最後の打者。悔しくて悔しくて、卒業後の現場でも言葉を交わすことはなかったんですが、数年後、彼がMLBに移籍する際の取材で『初めまして』と。彼は大人でした。『取材に来ているのは見ていたし会いたかった』と言ってくれて。今では大親友です」

 同級生との“共演”も楽しみだ。

 「僕が新しい道を進んだことによって一緒に仕事ができるかもしれない。近い将来、早慶戦の早稲田側解説を和田、慶応側解説を(元横浜)長田秀一郎、実況を僕でやれたら最高ですね。法政戦だったら(横浜)後藤武敏、東都(大学野球)だったら(ヤクルト)館山昌平、(BC栃木)村田修一を呼んで…。そう考えると夢は膨らみますよね」(取材・田中 俊光)

 ◆田中 大貴(たなか・だいき)1980年4月28日、兵庫県小野市生まれ。38歳。小野高野球部では2年から4番を打ち、主将を務める。慶大環境情報学部に入学し、野球部では4年春のリーグ戦で3本塁打を放って本塁打王。2003年フジテレビ入社。主に情報、スポーツ番組を担当し、バンクーバー五輪、北京五輪、WBC、MLBワールドシリーズ、オールスターなどを取材、リポートした。

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