昭和のにおい残す松竹新喜劇、若い世代にはとっては時代劇の域

スポーツ報知
〈1〉いずれも稽古場より。「人生双六」で真剣な表情の藤山扇治郎、手前は大津嶺子

 松竹新喜劇は今年、創立70周年を迎え、13日より東京・新橋演舞場で記念公演(22日まで)をスタートさせる。昭和の喜劇王・藤山寛美さんが90年に亡くなった後、劇団を引っ張ってきたのは3代目渋谷天外(63)。そして次代を担うべく加入した寛美さんの孫・藤山扇治郎(31)が2013年に入団して5年になる。昭和のにおいを残す名作は劇団員にとっては時代劇の域に入りつつあるが、根強いファンとともに、新たな観客層を開拓中。新喜劇はこれからどこに向かおうとしているのか、2人に話を聞いた。

 「曽我廼家、藤山、渋谷の芸名が残っている限り、松竹新喜劇を潰してはならない」。先日の製作発表で語気を強めた天外。36歳で新喜劇を引き継ぎ、いま63歳。寛美さんが旅立った年齢(60歳)を既に超えている。「いい若手も育ってきた。力のある世代交代を考える時期にきている」と強調する。

 その後継者の筆頭が、入団から5年になる31歳の扇治郎だ。劇団のために生涯をささげた寛美さんの孫で、関大卒業後に上京。青年座研究所で演技を学んでいる時、祖父のDVDを見て上方喜劇の素晴らしさを再発見。誰に強制されるでもなく、自分の意思で入団を決めた。

 嫌というほどプレッシャーについて聞かれてきたはずだが、「祖父は自分の3歳の時に亡くなり映像でしか知らないので、さほど気にならない。もっと新喜劇を知っていただきたいんです」。かつてはテレビ放送もあり、身近だったものが、今、松竹新喜劇に触れようと思えば劇場に行くか、昔の映像を探して見るしかない。

 70周年公演で名作「人生双六(すごろく)」が東京、大阪公演の両方で上演。これにも大きな意味がある。扇治郎は、寛美の“当たり役”の宇田信吉。雪降る大阪の高架下。失業中の男2人が出会う。浜本啓一(曽我廼家八十吉)は大金入りの財布を拾い、手をつけそうになっていた。愚直な宇田は警察に届けるよう説得する。「どちらが出世できるか競争しよう」、5年後の再会を誓うが…。

 5年という年月は偶然にも扇治郎が入団して過ぎた時間とも重なる。繰り返される哀しさと笑い。その緩急、間。シンプルに見えて非常に難しい役だ。「いつも無我夢中です。もちろん祖父と比較する人もいるでしょう。でも自分は心から役になることを一番大切に演じたい」

 天外も偉大な父(2代目天外)と比べられる葛藤の中で歩んできた。「うまい下手を超越し、その時出せる限りのパワーを彼なりにぶつけているのはいいこと。いい意味での落ち着きも出てきた」と、扇治郎の成長に手応えを感じている。

 タレントの久本雅美(60)が、今回も“助っ人”的存在として6回目のゲスト出演する。関西出身だけに、「笑わせながら泣かせる。泣かせながら笑わせる独特の世界」と、子供の時から見て育った松竹新喜劇の“本質”を表現してみせる。

 寛美さんと何度も共演し、全盛期をそばで見てきた高田次郎(80)も元気だ。「近い将来、劇団に第2期黄金期が来てほしい、と本気で願っている。少しでもそのお役に立ちたい。私は嫌われ役、憎まれ役に徹するつもりです」。稽古場でも気になる点があれば、細かくアドバイスを送る。言葉でなく必ず実演してみせる。

 「新」しい「喜劇」を求めた先輩たちの志。人情喜劇の名作の、その多くが昭和を舞台にしたもの。天外は「自分たちは現代劇だと思って演じてきたものが、いつの間にか若い世代にとっては時代劇に映っている。でもそれで構わない。これだけ芝居の腕がそろった役者のいる劇団は他にありません。そこに新しい感性や解釈が加わり、歴史は続いていくのではないでしょうか」。(内野 小百美)

 【演目】新橋演舞場は「人生双六」、「七両二分」より「峠の茶屋は大騒ぎ!」(渋谷天外、久本雅美)。松竹座(9月3~12日)は「人生双六」とドタバタ爆笑喜劇「八人の幽霊」。両劇場とも芝居の間に劇団員そろっての口上、あいさつが入る。共演は小島慶四郎、井上惠美子、大津嶺子、曽我廼家文童(大阪のみ)、曽我廼家玉太呂、曽我廼家寛太郎ら。来年1月の京都・南座公演も決まっている。

 ◆松竹新喜劇 松竹家庭劇、劇団すいと・ほーむなどが合体。日本初の喜劇王・曽我廼家五郎が死去した翌月の1948年12月旗揚げ。曽我廼家十吾、2代目渋谷天外、浪花千栄子、藤山寛美らが創立メンバー。大阪・中座で「長襦袢紳士録」などを上演。51年「桂春団治」のヒットで寛美人気に火がつく。テレビ放送も始まり、90年に亡くなるまで寛美がけん引し、ドル箱劇団として246か月連続無休公演の記録も。91年、新生松竹新喜劇として再出発。2代目天外の次男・渋谷天笑が3代目を襲名し代表就任。2013年、65周年を迎えた。

 ◆松竹新喜劇と吉本新喜劇の違い 吉本は1959年うめだ花月劇場開場と同時に前身「吉本ヴァラエティ」が誕生。松竹が人情、ドラマ性を重んじるのに対し、吉本はストーリーよりもギャグ、役者の持つキャラクターを重視したコント主体の軽演劇。ともに新喜劇とついてはいるが、タイプは全く異なる。

 【1948年の世相】ビルマ(後のミャンマー)が英国から独立。帝銀事件発生。母子手帳の配布開始。ベーブ・ルース死去。東京裁判の結審、刑執行。警視庁110番設置(東京など当初8都市)。イタリア映画「自転車泥棒」公開。第2次吉田茂内閣。

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