黒澤明監督“右腕”脚本家・橋本忍さん、100歳で死去

2018年7月21日6時0分  スポーツ報知
  • 映画「生きる」の一場面(C)東宝

 故・黒澤明監督の「羅生門」「七人の侍」などの名作を手掛け、日本映画界を代表する脚本家の橋本忍(はしもと・しのぶ)さんが19日午前9時26分、肺炎のため東京都世田谷区の自宅で死去した。100歳だった。最後まで小説を執筆するなど創作意欲は衰えなかった。葬儀・告別式は近親者のみで行う。喪主は長女・綾(あや)さん。

 「世界のクロサワ」と共に歩んだ「脚本の巨人」が100歳で亡くなった。

 橋本さんは昨年9月に気管支拡張症で入院、同月末に退院してからは世田谷区の自宅で過ごしてきた。体調は良くなったり悪くなったりの繰り返しだったが、最後まで普通食を食べ、亡くなる3日前までは元気で取材にも応じていた。

 1918(大正7)年4月18日、兵庫県神崎郡鶴居村(現・市川町)生まれ。旧国鉄に勤務し、軍隊を結核で除隊。療養所で雑誌「日本映画」を手に取ったことを契機に伊丹万作監督に自作脚本を送付。映画の道を進んだ。

 黒澤監督と脚本を共作した1950年の「羅生門」がベネチア国際映画祭金獅子賞などの映画賞を獲得、一躍脚光を浴びた。以後、「生きる」「隠し砦の三悪人」など黒澤作品の脚本の共同執筆に加わった。

 また、「張込み」「砂の器」(いずれも野村芳太郎監督)や「霧の旗」(山田洋次監督)など松本清張原作の脚本も手掛け、「砂の器」は松本に「原作を超えた」と言わしめた。59年にはフランキー堺主演の「私は貝になりたい」で監督としてもデビューしている。

 邪馬台国と天皇をテーマにした小説「天武の夢」を執筆中だった。一日1回は書斎に入り、1~2時間はワープロに向かった。次女の今井絲さん(70)は「放っておくとずっとワープロの前にいるので、夕方になると大好きな相撲中継の音量を上げ、書斎から出てきてもらいました」と語った。最後まで創作意欲は衰えなかった。

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