異端「英春流」常識と定跡壊し野原未蘭さん史上初女子中学生名人導く

スポーツ報知
中学生名人の野原未蘭さんと「英春流」の考案者・鈴木英春さん師弟

 7月の第43回中学生名人戦で富山市立岩瀬中3年の野原未蘭(みらん)さん(15)が女子として史上初の優勝を果たした。女子であることと同時に注目を集めたのは、現代将棋の常識を覆す異端の戦法「英春流」を採用して頂点まで上り詰めたこと。考案者で師匠の元奨励会三段・鈴木英春(えいしゅん)さん(68)は「英春流を継ぐ者は彼女。タイトルを取ってほしい」と後継者に期待を寄せる。

 初心者を除けば、将棋の初手は95%以上、角道を開ける(▲7六歩)か、飛車先を突く(▲2六歩)かが指される。江戸時代から先人たちが整備を重ねた結果の定跡で、異端の選択肢は淘汰(とうた)されてきた。

 ところが、野原さんは異なる一手を必ず指す。先手なら左の端歩を突き(▲9六歩)、後手なら初手で何を指されようと2手目に△6二銀と上がる。「英春流」の象徴となる駒組みだ。「英春流を知らない相手と指した時、驚く顔を見るのは楽しいです」。受けを重視した「かまいたち」、攻めを仕かけやすい「カメレオン」。2つの武器で男子の実力者たちを幻惑し、攻略して日本一の頂に立った。

 小学4年、金沢市で鈴木さんが営む将棋塾「晩成塾」に通い始めた頃、英春流と出会った。「当時は角交換四間飛車が得意だったんですけど、英春流を指す人に全然勝てなかった。こんな戦法があるのか…と思いました」

 師匠の教えを請い、今日に至るまで秘術を磨き続けて来た。「勝てるから指しているだけですけど、人とは違うことをするのが好きなのかもしれないです。今は棋士の先生方の将棋を見ても、一局面ではどの先生の将棋かは分かりません。でも、鈴木英春の将棋は一目で分かる。すごいことだなあ、と思います」

 師匠の鈴木さんは31歳で奨励会を退会するまでの半生がNHKでドラマにもなった伝説の人。数々のアマチュアタイトル獲得歴も持つ。約30年前に考案した自らの秘術について、「相手がどう指しても関係なく、いくらでも変化できる総合戦法です。大局観と構想力さえあれば、どんな将棋でも指しこなせる。点でも線でもなく、円の戦法なんです」と自負する。

 コンピューターが一手ごとの善悪を数値にして判断する「評価値」を、プロのみならずアマチュアも参考にし始めている現代将棋。実は、英春流は初手を指した時点で「疑問手」と評価される。「コンピューターも判断できず、発想にない戦法なんです。だから勝てる。研究を尽くされることがないんです」。鈴木さんは、53歳も年の離れた弟子に自らの夢を託している。「まだまだ進化しています。英春流で勝ち続けて、英春流を広めてほしいと思います」

 野原さんは中学を卒業した後も棋士養成機関「奨励会」にも、女流棋士養成機関「研修会」にも入らない。富山から金沢に通い、師匠の指導を受ける日常は変えない。アマチュア枠として参戦する女流棋戦でベスト8に残ることで女流棋士資格を得るという前代未聞の挑戦をする。

 「先生から離れることは考えられないです。これからも以心伝心の関係で在り続けたいです」

 常識と定跡を壊そう―。性別も年齢を超えた師弟の挑戦は、まだ序盤戦…いや、初手を指したばかりなのだ。(北野 新太)

 ◆鈴木 英春(すずき・えいしゅん)1950年4月11日、横浜市生まれ。68歳。15歳で奨励会入会。19歳で三段となり、81年に31歳で退会。同年、半生をモデルとしたNHKドラマ「煙が目にしみる」が放送。87、88年にアマ王将連覇。89年、朝日アマ制覇。現役では井道千尋女流二段を育成した。家族は妻と1男1女。

将棋・囲碁

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