永島アナ、“幻の聖火ランナー”と快走「地元を走るのってこんな楽しいんだ」…19日の「めざましテレビ」で

スポーツ報知
兵庫までつながったタスキを掲げる永島アナウンサー(C)フジテレビ

 フジテレビの永島優美アナウンサー(26)が19日放送のフジテレビ系情報番組「めざましテレビ」(月~金曜・前4時55分)の25周年企画「日本つながるプロジェクト」にランナーとして参加。1964年東京五輪の“幻の聖火ランナー”とたすきをつないだ。

 朝9時に兵庫県庁付近のスタートラインに立った兵庫県出身の永島アナ。9月に同じ企画で広島を走った同局の三宅正治アナウンサー(55)から「結構きつかったよ」と言われていたため、2キロという距離に少し不安を覚えていたというが、家族や親戚の応援を受け「懐かしい景色をゆっくり楽しむことができました」

 沿道の声援にも始終笑顔でこたえていた永島アナ。ゴール地点には祖母の姿もあり、多くの地元の人に見守られながら無事完走した。

 永島アナは「最初スタート地点に母がいて、ゴール地点に祖母がいて…驚きました!」とコメント。「見慣れた町を走っていて、いろいろな思い出がフラッシュバックしてきて…」と振り返り、「地元を走るのってこんな楽しいんだなって思いました」と話した。

 コースで通過した王子競技場付近を改めて訪れた永島アナ。「仕事で神戸に来ることがないので。大学時代、王子競技場でチアリーディングの練習をよくやってました」と学生時代を懐かしんだ。

 今回のたすきリレーは1964年に台風のため唯一聖火リレーが中止となった“幻の聖火リレー”と呼ばれる兵庫県庁~大阪府庁、阪神間の40キロのうち23キロ(兵庫県)の聖火リレーコースで行われた。当時の“幻のランナー”、悔しい思いをした総勢700人のうち29人がこの日のたすきリレーに参加した。

 その一人で、今回のたすきリレーに参加した中では唯一の正走者の上塚勝さん(72)は、「(聖火リレー当日の)1964年9月25日の前日に台風20号が来ていたので『あしたの聖火リレーは中止します』と連絡はあったんです。でも翌日、台風は既に行ってしまって…」と当時を振り返り、「風は強かったのですがおそらく走れたのではないかなと思います。その日は芦屋市役所に集まって、車でトーチが移動するところを見送りました。実は、兵庫県だけでなく他でも聖火リレーが中止になっていたと思っていたんです。我々だけだったんだ、と後から知りました」と悔しそうに話した。

 たすきリレーを終えた上塚さんは「今回たすきリレーに参加させていただき、同じ区間を走らせていただいてとてもうれしかった」と満足そうに語った。

 この模様は19日の「めざましテレビ」(午前4時55分~8時放送)で放送。また、生中継では、幻のランナーの一人で「ファーストランの会」の幹事長・森純也さん(72)が尼崎市でゴールテープを切る予定。

<「めざましテレビ」日本つながるプロジェクトとは>

 今年番組開始25年目を迎えた「めざましテレビ」では「つなぐ」というテーマを掲げ、7月15日から丸1年をかけて、1964年東京五輪の聖火リレーのルートを当時の資料をもとに探し出し、その一部をたすきリレーでつなぐ。リレーに参加するのは、各地のキラビトたち(秀でた才能を持ったキラキラ輝いている人)、「めざましテレビ」の出演者、1964年の聖火ランナー、企画に賛同して頂いた著名人など。また、日本全国を縦断しながら、2020年東京五輪期間中に、東京で世界の人々に見てもらいたい日本の超絶パフォーマンスを発掘。沖縄からスタートし、つながれたたすきは九州、中国地方を経て現在、近畿地方に入っている。

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