「学園祭の女王」千堂あきほ、北海道移住7年「イヤな感じのクセある役でドラマに出たい」

スポーツ報知
移住して7年。すっかり北海道になじんだ千堂あきほ。子育てや芸能活動に忙しい

 1990年代に「学園祭の女王」と呼ばれ、日本全国の大学を飛び回っていた千堂あきほ(49)。その後は「東京ラブストーリー」「振り返れば奴がいる」などの人気ドラマや「オールナイトフジ」「マジカル頭脳パワー」などのバラエティー番組に出演して、マルチな才能を発揮した。結婚後は北海道に移住。現在は2人の子育てに奮闘するかたわら、地元テレビ局の情報番組にコメンテーターとして出演している。北海道での暮らしやこれからの夢について語った。  (取材・高田 典孝)

 北海道に移り住んで7年。今ではすっかり道民だ。

 「結婚した方が北海道の人ということもあったんですが、(北海道に)行くとは思っていなかったんです。でも、2人目の子どもが出来たのをきっかけに。これも時の流れかなと思いますね。北海道は食材が豊かで水もきれい。時の流れをぜいたくに使えている自分がいるんです。もう東京には戻れないですね」

 2人の子どもを授かり、生活での優先順位は確実に変わった。しかし、自分の中でいろいろな葛藤もある。

 「子育てが第一です。子どもたちと過ごす時間が、もう楽しくてしょうがない。別に仕事を辞めようと思ったことはないんですが、やっぱり芸能界って移り変わりが速い。子育てをしていてテレビをつけたら、出ている人が分からなかったんです。これでもう私の居場所はないかもと…。でも、千堂あきほとして積み重ねてきたものは誰にも盗まれるわけではないし、誰も(私に)代わる人もいない。『千堂、年取りました』『こんなになりました』ということを受け入れてもらえるならば、仕事をしてもいいのかなって」

 元々、芸能界へのあこがれはなかった。87年に「ロッテCMアイドルはキミだ!」のオーディションでスカウトされて芸能界入り。応募のきっかけは友達との思い出作りの一つだった。

 「アイドルや歌手になりたいっていうのは全くなくて、私は短大で幼児教育を勉強したいと思っていました。でも、遊び半分で友達に付き合ってオーディションに申し込んだら全国大会に行くことになっちゃって。家族には内緒にしていたので、父に『何やってんだ』と怒られました。なのに『学ぶこともあるはずだ』なんて父が言い出して、一緒に東京へ行ったんです」

 全国大会で受賞はならなかったが、芸能プロダクションなど数社から誘いを受けた。すると、ここでも背中を押したのは父親だった。

 「お誘いはすべてお断りをしていたんですが、父が『短大に行っても2年。2年間、遠回りをしても、帰ってきてまた短大に行けばいい』と。東京に行って学ぶこともあるだろうと、2年間だけという約束で東京行きを決めました」

 しかし、すぐにはデビューできなかった。事務所では電話番やお茶くみをこなし、歌や演技のレッスンに明け暮れた。上京して1年半、90年にようやく歌手デビュー。そこから快進撃が始まった。フジテレビの深夜番組「オールナイトフジ」のMCになり、多数の学園祭に出演。「学園祭の女王」と呼ばれるようになった。

 「家には帰れなかったぐらい忙しかったので、家族には心配されましたね。学園祭には全国30校ぐらい回りました。本当なら大学に行って、見ている側にいるはずだったので、複雑な心境でした」

 そして、伝説のドラマ「東京ラブストーリー」(フジテレビ)に出会う。演じたのは、三上健一(江口洋介)が通う医大の同級生、長崎尚子役。ドラマでは、親が決めた婚約者と別れて三上と結婚する。

 「(鈴木)保奈美さんや織田(裕二)さんらがいらっしゃる中で“学園祭の女王”出身の私が入っていいのか、どうしていいのか分からなかったですね。高校時代、舞台の勉強もしていたので、リハーサルの時に腹から声を出していたんです。そうしたら監督に『舞台じゃないんだから、腹から声出すな』って怒られました。セリフを覚えて、演じるので精いっぱい。全く余裕がなかったので、ほかの方々と仲良くなることもなかったですね」

 ドラマがブームになっていると肌で感じたのは放送が始まって少したってから。

 「六本木の交差点にいた時に、ドラマのように『カンチ』って言っている女性たちがいて、『本当に言っているよ』とびっくりしました」

 今年9月、「東京ラブストーリー」が再放送され、話題になった。続編を望む声も上がっている。

 「あの時、私が長崎尚子をやっていなかったら、新たに長崎役をやってもいいかなとは思います。でも、皆さんにはあの時代のイメージがありますよね。もし、続編があっても、夢を壊してしまいそうなので、全く違う方が演じていただいたほうがいいのではないでしょうか」

 千堂あきほと言えば、ロングヘアに細かいウェーブを入れたソバージュと、体のラインを強調するボディコンがトレードマークだった。その後、ソバージュが若い女性に流行したが、その先駆けになった。

 「ずっとロングのストレートヘアで、事務所から変えてはいけないと言われたんです。当時ヘアメイクの人がこういうスタイルがあるよとソバージュを紹介されて、やってみようと決めたのは自分自身でした。そしたら、同じ年代ではやったんですよ。ソバージュにボディコンという印象が、私にぴったり合っていたんでしょうね」

 現在は「みんなのテレビ」(北海道文化放送)で毎週水曜日と隔週金曜日にコメンテーターを務めている。

 「まだ勉強しなければならないことばかりですが、普通に生活していく中で、コメントできたらいいなと思っています。今までの人生に北海道での生活を積み重ねて見えてきたものを加えて、道民の方に『道民になったね』って肩をたたかれるようになりたいんです」

 今は子育てが第一だが、ドラマへの意欲も見せる。

 「きれいな役はやりたくないです。お嬢様とか、いいお母さんとかではなくて、イヤな感じのクセがある役のほうがやりがいがあるんです。年相応な役でそこから見える人生観とか、そういうものを演じてみたい。そういう意味では樹木希林さんに憧れます」

 子育て、芸能活動のかたわら畑で農作業もしている。そこで採れる作物を生かしての夢もある。

 「食のこととか、資格を勉強をしています。カフェでもやって『ウチの畑で採れた野菜です』って出せるようにしたいですね。自給自足までは行かなくても、田舎に移ってそういう生活をしているかもしれません。北海道っていろいろな可能性がある場所なんです」

 ◆千堂 あきほ(せんどう・あきほ)1969年4月5日生まれ、兵庫県出身。49歳。90年、歌手デビュー。「東京ラブストーリー」の他、「振り返れば奴がいる」(フジテレビ)、「夜逃げ屋本舗」(日本テレビ)など人気ドラマに出演。「マジカル頭脳パワー!」(同)の解答者としても活躍。現在は北海道文化放送「みんなのテレビ」のコメンテーターを務め、NHKラジオ第1放送「かんさい土曜ほっとタイム」(全国放送)にも出演している。2000年、一般男性と結婚。2児の母。

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