岸部一徳「これからの大きなテーマ」は樹木イズム…普通でいることの大切さを胸に

スポーツ報知
映画は自分の性に合っているとも語った岸部一徳(カメラ・小泉 洋樹)

 俳優の岸部一徳(71)が主演する映画「鈴木家の嘘(うそ)」(野尻克己監督)が16日に公開される。長男の自死によって巻き起こる家族の混乱と再生をユーモアを交えて描いた作品。一家の父親役を演じたことで、自身の家族との関わりも見つめ直し「俳優人生の中で強く残る作品になった」と振り返る。かつて10年間にわたり、事務所を共にした樹木希林さん(享年75)から学んだ“役者魂”も語った。(土屋 孝裕)

 映画にドラマに引っ張りだこのベテランが、脚本の完成度に思わずうなった。今作が長編デビューとなる野尻監督が、自身の経験を元に脚本を手がけたオリジナル作品。引きこもりだった長男が自死し、ショックで記憶を失った母親のため、父親と長女が長男は生きている、と嘘をつく。

 深刻な悲劇だが、あえてユーモアを交えて描かれ「リアリティーの先にある面白さがあって、バランスがすごくいい。家族というものがよく描けている」と絶賛。助監督時代に仕事をした野尻監督の「岸部さんしかいない」という熱意あるオファーに、出演を快諾した。

 岸部演じる父親は、長男の死後、残された1枚の名刺を頼りに、長男が何を考えていたのか知ろうと、恥も外聞もかなぐり捨てて行動する。「もし引きこもりの子供がいたらどうするか? 考えたけど難しい」と自問自答した。岸部自身、プライベートでは1男2女を育てた父親でもある。撮影を通じて、自分は一体どんな父親だったのだろうかと、考えさせられた。

 「普通のサラリーマンと違って、不規則で家にいない時が多かったせいもあるかもしれないけど、息子とちゃんと向き合って語り合ったことって、そんなにない。小さい頃の思い出だけがいつまでも残っていて、知らない間に大人になったというか。父親の役はよくあるんですけど、今回は家族について見つめ直しました。自分の心の中に残る作品です」

 既に子供は自立し40歳近くになっているが「子供も(作品を)見ると思う。家族が僕に対してどう思っていたのか話をするいい機会になれば。見た方もそうつながれば、この映画は良かったのかな」。

 一世を風靡(ふうび)した人気バンド、ザ・タイガースなどで活躍した後、28歳の時に俳優に転身し、既に40年以上。転身に当たり、約10年間にわたって所属したのが、今年9月に亡くなった樹木希林さんの事務所だった。樹木さんは「一徳」の芸名の名付け親でもある。

 「演技をこうしろ、とかは全く言われなかった。『一生懸命やればいい』ぐらい。ただ、希林さんは芸能人だからって人に守られてたら何の勉強にもならないという考えでした。世の中を知って、当たり前のことを理解できる環境に自分を置いていました。知らないうちに希林さんの考え方は自分の中に残っているかもしれないです。恩人と言えば恩人です」

 樹木さんは晩年はマネジャーを付けず、仕事の受注から現場の移動まで、全て自分で行うことで有名だった。長年、背中を見る事で樹木イズムは自然と身についたのか、車の運転をしない岸部は、現在も基本的に電車で移動する。

 「ごく普通の生活を送るという日常の過ごし方って俳優にとって大事なこと。今回だって僕は普通のお父さんの役ですから」。胸を張るわけでもなく、サラリと言った。

 樹木さんは映画を中心に、最後まで女優として活躍し続けた。岸部も71歳。引退の2文字が頭をよぎることはあるのだろうか。

 「樹木さんは俳優という職業を通じて、人としての成長を目指す、という気持ちが同時にあったんだと思う。終わり方としては見事なところに到達した。なかなか普通はそこまでできない。僕は今はまだ元気ですし、続く限りはやると思います。ただ、これからは外の評価よりも、自分の中で思っていることを大事にしていかないといけない。僕がどういう着地をしていくかは、これからの自分の中の大きなテーマかもしれないですね」

 野尻克己監督「無口で頑固な姿が似合いつつ、行動が滑稽で笑えてしまう雰囲気がある方だと思いオファーしました。撮影でも無口な方かと思っていたんですが、いろいろと相談にも乗ってもらいました。映画を愛していて、映画の自由さをすごく知っている方でした。いまだに挑戦し続けている姿勢も感じて驚きました」

 ◆岸部 一徳(きしべ・いっとく)本名・岸部修三(しゅうぞう)1947年1月9日、京都府生まれ。71歳。ザ・タイガースのベーシストとして67年に「僕のマリー」でデビュー。PYG、井上堯之バンドを経て75年にTBS系ドラマ「悪魔のようなあいつ」で俳優に転身。90年の映画「死の棘(とげ)」がカンヌ国際映画祭グランプリを獲得し、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞受賞。最近ではテレビ朝日系「ドクターX~外科医・大門未知子~」、映画「北の桜守」「空飛ぶタイヤ」などに出演。

 ◆「鈴木家の嘘」 鈴木家の長男・浩一(加瀬亮)がある日突然亡くなった。ショックで記憶を失ってしまった母・悠子(原日出子)のため、父・幸男(岸部)、長女・富美(木竜麻生)は浩一が海外で事業を始めた叔父の手伝いのため、アルゼンチンに旅立った、と一世一代の嘘をつく―。今年度の東京国際映画祭日本映画スプラッシュ部門作品賞受賞。

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