藤ケ谷太輔、キスマイ“7人”で迎えた特別な“7周年”

2018年12月8日14時0分  スポーツ報知
  • ~vol・24~

 「Kis―My―Ft2」が、8日から東京と大阪でそれぞれ2日間、自身初5大ドームツアーの追加公演「YOU&ME Extra Yummy!」を行う。冬のコンサートは5年ぶり。24日には、ニッポン放送の24時間生番組「第44回ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」も控える。13年間のJr.時代を経て、CDデビューは24歳と“遅咲き”だった藤ケ谷太輔(31)が、7人で迎えた今年のデビュー7周年への思いとともに、これまで支えてくれた両親へのあふれる感謝を語った。

 目まぐるしい1年が、間もなく終わろうとしている。藤ケ谷は、充実をかみ締めながら、間もなく始まるステージに思いをはせた。8、9日の京セラドーム大阪、15、16日の東京ドーム公演だ。1年で夏と冬の両方でライブをやるのは初めて。

 「冬にコンサートをやらせていただくのも5年ぶりなんですよ。キスマイの曲の中でも結構、冬の曲はたくさんある。前から、コンサートで歌いたいねって話していたけど、夏が多かった。やっと形にできる」

 特に歌いたい曲があった。「SNOW DOMEの約束」(13年)。キスマイの数ある楽曲の中でも一番好きだという。

 「僕らも知らなかったけど、音楽番組の『冬に聴きたい曲ランキング』とかで上位に入っていたりして。『キスマイが好き』とかじゃなくても、この曲が好きな人がいるのはうれしくて、結構大事にしています。でも、難しいんですよ。一曲通して、すっげぇ良かった!みたいなことはない。いつ歌っても難しい。だから、執着しちゃってる感じがあるんですよね」

 冬で思い出すのは、デビュー7周年イヤーを目前にした1年前のクリスマス。メンバー7人だけで食事をしたという。周年といえば「5」であり「10」だが、キスマイは「7」という数字に特別な感情を抱く。

 「日をまたいで、みんなで『メリークリスマス』って(笑い)。自分を含めて、前から『7』にこだわっているところはあった。そういう意味で5周年はスルーというか、重きを置いてなかった。結構7人だけで話しました。(昨夏までの)アリーナツアーが終わった後も。そんなこと初めて。そういう時間もみんな大切で。そういうのを含めて、結構7周年の出来事って自分の中に残ると思う」

 24日には、ニッポン放送の24時間生番組「―ミュージックソン」も控えるが、10月から同局「オールナイトニッポンPremium」(月~金曜・後6時)の金曜パーソナリティーに就任した。

 「まず、やっぱりすごく楽しい。初回放送は7人で。生放送で7人全員で、というのも初めて。リスナーの方がすぐにメッセージ送ってくれたり、タイムラグがない感じがすごく面白い」

 リスナーの一人として楽しみにしてくれる大事な存在もいる。父親だ。

 「父とか結構ラジオを聴いていた(世代)。始まる前に言われたのが、『長距離の運転手とか結構聴いている人がいるから、そういう人から苦情がこないようにしゃべれ』と。要は僕らだけ楽しんでも、ファンの方だけ分かる話をしても(ダメ)ということかと。母は、例えばテレビに出たときとか、その都度『あれ、見たよ』とか。父は全く言わないけど、たまにあるんですよ」

 両親は一番身近なファンであり、理解者でもある。

 「ウチのパターンでいうと、母は(堂本)光一くんとかタッキー(滝沢秀明)が好き。そこに息子が入ったということで、常に支えてくれた。父は、小学校卒業、中学3年の2学期とか、節目に部屋に呼ばれて『将来どうするんだ』って確認されるというのがあった。息子のそのときの気持ちを確かめに。『どうするんだ。(まだやる?)分かった』みたいに」

 11歳でジャニーズ事務所に入所してデビューまで13年かかった。決して短い“下積み”ではなかった。

 「父が静岡出身。両親(祖父母)の体調もあって、続けないんだったら静岡に引っ越すというのもあったりしたみたい。今思うと相当、息子の覚悟に懸けてくれていたなって、自分も30歳を超えて感じる。昔はニコニコしながら『やる』ってだけ言っていたけど、親のことを思うと、やっぱり続けなきゃって、それが活力にもなっている感じはあります」

 デビュー後は史上最短18日で東京ドーム公演を行うなど、華々しいスタートを切った。

 「ドームには両親も来て、父は初めて息子がドームでライブをやるのを見たわけで、何を言うのか楽しみだった。でも、部屋に自分から行って聞いたら『あんなにたくさんの女性がいるのとか見ることない。セットもすごい』とか。自分が思っていた芯を突いた感想じゃないと思って、風呂に入っていたらオヤジが来て『ちょっといいか。とにかく感動した。とにかく周りに感謝をして、やるからには納得いくように1番になってほしい』と。それだけ言っていなくなった。泣きそうになりましたけど、選んだタイミングは風呂なんだ、と(笑い)」

 父の言葉通り、これまでシングルは10月に発売した「君、僕。」まで22作、アルバムもベスト含めて8作すべてオリコンチャート初登場1位を獲得した。順風満帆そのもののようにも思える歩みも、自身の受け止め方は違う。

 「『デビューして、すぐ売れて』って、よく言われますけど、最短記録もつくってもらった思いが強い。何よりキスマイは、よくジャニーズにある、デビュー直前にグループが変わっていく中で、そこから外れた人たちの集まり。そもそもスタートが順風とは言えない」

 下積み時代のつらい経験もあった。思い出されるのは、先にデビューしたHey!Say!JUMPの存在。東京ドーム公演にサポート出演したことがあった。

 「俺たちも、自分たちだけでドームをやりたかった。でも…。あそこはやさぐれましたね。でも、そこで団結した感がある。いい経験だった。やっぱり友人もそう。楽しいときだけ一緒にいても、なかなか深まるものはない。つらいときこそ」

 逆境を力に、ここまでを歩んできたのは、ソロ活動も同様。14年に初の“外部舞台”となった「コルトガバメンツ~ハジメのハジマリ~」に出演した際、自身の無力さを痛感した。3月には「そして僕は途方に暮れる」で2年ぶりに舞台主演。今は舞台熱が高まっているという。

 「初めて外に出たとき、今まで自分が学んできたものが何も通用しなかった。必死に格好良くなるために積み上げてきたものが、何一ついらなかった。こんなにできないことってあるのかなと。でも、それが面白かった。足を運んで、お金を払わないと、その作品には巡り合わない。僕のことを知らない人とか、その舞台をやっていたことすら知らない。舞台って独特」

 今や自身の成長に欠かせないものとなった。間近に控えたステージで歌う「SNOW―」と同じ思いだ。

 「よくよく考えたら、避けたいといえば避けたい。毎日緊張するし、間違えちゃいけないし、覚えるものたくさんあるし、寝られないし。嫌だという思いと背中合わせだけど、だから、やっている感じ、生きている感じがするんです」

 グループとして今年、初の5大ドームツアーを成功させた。次なる目標に東京五輪翌年の2021年に迎える10周年に新国立競技場ライブを掲げる。

 「目標は高く、そこまでの道のりをどうするかが大事。だから、自分が舞台とかで外に出ることによって、そこでキスマイを知ってくれる人もいる。自分の理想は自分きっかけにグループを知ってもらって、違う人を好きになるみたいな。そういうサイクルが続いていけば」

 どんな逆境が立ちはだかろうとも、それが藤ケ谷、そしてキスマイの力となる。(ペン・畑中 祐司)

 ◆藤ケ谷 太輔(ふじがや・たいすけ)1987年6月25日、神奈川県生まれ。31歳。98年にジャニーズ事務所に入所。2004年に前身の「Kis―My―Ft.」を結成し、翌年現体制に。09年舞台「PLAYZONE 2009~太陽からの手紙」で座長を務める。11年8月、シングル「Everybody Go」でデビュー。14年「劇場版仮面ティーチャー」で映画初主演、同年ベストジーニスト受賞し、16年殿堂入り。

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