市原悦子さん、先月25日まで仕事していた…82歳心不全で急死

2019年1月14日6時0分  スポーツ報知
  • 03年映画「蕨野行(わらびのこう)」で主演し舞台あいさつで花束を手に笑顔を見せる市原悦子さん
  • 「まんが日本昔ばなし」の収録を行う市原さんと常田富士男さん(1987年8月ごろ撮影)

 テレビ朝日系ドラマ「家政婦は見た!」やTBS系アニメ「まんが日本昔ばなし」のナレーションなどで知られる女優の市原悦子(いちはら・えつこ、本名・塩見悦子=しおみ・えつこ)さんが12日午後1時31分、心不全のため都内の病院で死去した。82歳だった。昨年12月に虫垂炎を患い、一度は回復したものの年明けに容体が悪化し帰らぬ人に。晩年は自己免疫性脊髄炎を発症するなど病気がちだったが、仕事への意欲は衰えておらず、亡くなる直前の12月25日まで声の仕事を行っていた。

 シリアスからコミカルまでこなせる演技力に加え、味わいのある柔らかな声を生かしたナレーションで唯一無二の存在感を放っていた大女優が逝った。

 所属事務所によると、市原さんは昨年12月、体調を崩したところ虫垂炎と診断され、手術せずに薬で散らす治療法を選択。一度は順調に回復し、同25日には病室からNHKの番組「おやすみ日本 眠いいね!」内の昔話コーナーの収録を行い、同30日には退院した。しかし、年明けに容体が悪化し再入院すると、徐々に意識がなくなっていったといい、12日午後、親族や友人、事務所のスタッフらに見守られながら天国に旅立った。

 死去から半日後の13日午前1時過ぎには「おやすみ―」の生放送があったが、放送では虫垂炎のためにコーナーを休むことが告げられ、「こんな年で盲腸になるなんてイヤだわ」とのコメントも紹介されていた。また、19日開幕の舞台「悪魔と天使」でも声の出演を予定していたが、録音はできずじまいだったといい、代役を立てて臨む。

 晩年は病気で、作品を降板することも増えていたが、そのたびに仕事への強い意志を持って療養してきた。12年にはS状結腸腫瘍の手術を受けたが復帰。16年11月に手足のしびれなどを訴え、自己免疫性脊髄炎と診断。翌年には18年のNHK大河ドラマ「西郷どん」のナレーションを降板することを発表したが、リハビリ専門の病院で加療に努め、同年春の「おやすみ―」の収録で復帰していた。

 1957年、劇団俳優座でのデビュー直後から才能を発揮し、59年には芸術祭奨励賞を受賞、64年にはゴールデンアロー賞新人賞に輝くなど、舞台女優としての地位を確立した。71年の退団後には独特の声に注目が集まり、75年にスタートしたアニメ「まんが日本昔ばなし」では、ナレーションとすべてのキャラクターの声を昨年死去した常田富士男さん(享年81)と務め、看板番組となった。

 女優としての最大の当たり役となったのは、83年から25年間にわたり放送された「家政婦は見た!」での家政婦・石崎秋子。ドアの裏から現場を目撃する場面や、すべての真実をぶちまけるラストシーンは大きなインパクトを残し、松嶋菜々子(45)が主演した11年の日本テレビ系「家政婦のミタ」などパロディー作品も作られた。女優業では17年のNHK単発ドラマ「朗読屋」、映画「しゃぼん玉」を最後に、女優としての出演はなかった。

 私生活では、俳優座養成所の同期として出会った夫で演出家の塩見哲(さとし)さんと61年に結婚。子宝には恵まれなかったが、おしどり夫婦として知られた。半世紀以上連れ添い、12年に市原さんが手術を受けた際も、塩見さんが献身的な看病で支えた。塩見さんが14年に肺がんで死去してからは都内の自宅で一人暮らしをしていた。

 ◆市原悦子さんの最近の主な病歴

 ▼S状結腸腫瘍 2012年2月、内視鏡手術で除去し、映画「東京家族」を降板。同年9月に復帰。14年10月には朗読劇の製作会見を風邪で欠席。

 ▼自己免疫性脊髄炎 自己免疫系が自身の神経を異物と勘違いし、攻撃してしまうことから起こる脊髄炎で16年11月上旬から入院。17年6月、NHK大河ドラマ「西郷どん」のナレーションで復帰することが発表されたが、同年11月に体調不良のため降板。18年3月に仕事復帰。

 ▼虫垂炎 昨年12月に診断され、手術せずに薬で散らす治療法を選択。25日に仕事復帰も、年明けに容体が悪化し再入院。

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