里見香奈女流名人、左くるぶし捻挫も「集中」好発進

スポーツ報知
松葉づえで大盤解説会場に登場した里見香奈女流名人(カメラ・関口 俊明)

◆報知新聞社主催 第45期女流名人戦5番勝負第1局

 神奈川県箱根町の岡田美術館で20日、第1局が行われ、後手の里見香奈女流名人(26)=女流王座、女流王将、倉敷藤花=が挑戦者の伊藤沙恵女流二段(25)に118手で勝ち、10連覇に向けて幸先の良いスタートを切った。左くるぶしを捻挫した状態で大舞台に臨んだ里見女流名人だったが、66分間の長考の末に指した△3二飛からの構想で形勢をグイッ。一手も乱れない完璧な指し回しで完勝した。第2局は27日、島根県出雲市で行われる。

 いつもの正座ではなく胡座(あぐら)姿。負傷した左足を保護するための里見のスタイルは、むしろ王者の風格を漂わせた。「痛みはないですし、集中して将棋を指すことができました」。ひんやりとした空気の終局後の対局室でシャツの袖をまくったまま。けがを忘れさせたのは熱い闘志だった。

 敗北の記憶に惑わなかった。序盤は、伊藤が里見を破って優勝した非公式戦「AbemaTVトーナメント」の決勝(今月3日放送)と同じ進行に。さらに挑戦者は▲3七桂~▲4五歩のアレンジを加えた。「予想をしていた戦型のひとつでしたが、(新構想は)あまり考えなかった。力戦なので一手一手を考えて進めていこうと」

 分岐点は昼食休憩時で迎えた途中図の局面。控室では積極的な△6五歩や大駒を活用する△1五角が本命視されたが、休憩を挟んで66分の長考の末に下した選択は△3二飛。「攻めていけると考えましたけど、△6五歩でいけるか分からなかったので、穏やかな順を選びました」。時間を投資した見返りは安易に求めず。冷静に選んだ一手が全軍躍動の契機を生むと、盤上の風景は一変した。主導権を握り、最後まで一手も緩むことなく完勝した。「そんなに迷うことなく指せたのは良かったです」

 人生初の大けがを負ったのは昨年12月22日のこと。大阪市内の駅でホームから階段を下りる際、落差を見誤って左足の甲から着地。「グギグギって音が聞こえるくらい」。最初は一歩も動けないほど。3連休初日で病院にも行けず、足を引きずって帰宅した。後に、くるぶしの捻挫と診断され、骨折より長期化する可能性もあると通告された。

 不自由を強いられ、逆に実感したのは周囲の支えだった。妹の咲紀女流初段(22)は何度も自宅を訪れてくれた。「ホワイトシチューが食べたいと言えば…大量に作ってくれて」。関西将棋会館で偶然会った福崎文吾九段(59)は、バイク事故で手足を骨折した話を笑いながら披露し「大丈夫ですよ。人間の体ってすごいよ。治っちゃうんだから」と励ましてくれた。

 発想を転換し、前向きになった。「将棋だから良かった。自分の能力は変わりなく発揮できるんだから」。松葉づえで西へ東へ。研究量は落とさなかった。

 次局は地元・出雲が舞台になる。「今日の将棋は反省して忘れて、気持ちを新たに。楽しみな場所なので良いコンディションで入りたいです」。勝利後、ファンが待つ大盤解説会場に登場した笑顔の女流名人は、慣れた様子で松葉づえを突いて花道を進み、万雷の拍手を浴びた。(北野 新太)

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