【アントニオ猪木と村松友視が明かす『アリと猪木のものがたり』〈3〉】アリの顔面に猪木が肘を落とした緊迫の6ラウンド…「幻妙な真空状態」と評した村松さん、「神懸かった瞬間」と猪木 

2018年1月3日10時0分  スポーツ報知
  • 猪木がアリに肘打ちを落とした緊迫の6ラウンドの攻防

 42年前、日本武道館で戦ったアントニオ猪木とムハマド・アリ。村松友視さんは、著書「アリと猪木のものがたり」(河出書房新社刊)で1ラウンドから15ラウンドのすべての攻防を見直し、自身の感想をつづった。中でも最も言葉を連ねたのが6ラウンドだった。

 終始、猪木が寝た状態で蹴り、立ったアリが挑発する展開だった世紀の一戦。ところが、2人が6ラウンドで絡み合った。猪木がカニ挟みでアリを倒す。あむけになったアリ。上に乗った猪木は、一瞬の間を置いた後に右ひじをアリの顔面に落とした。ルールで禁じられている肘打ちにアリ陣営は騒然となった。しかし、猪木の肘は、仕留めにいく打ち方ではなかった。最大の勝機を逃した猪木と最大の危機を脱したアリ。肘を打つ直前に発生した一瞬の間を村松さんは「幻妙な真空状態」と評した。その意味は何か。村松さんが明かす。

 「これは、ボクの感じだけですから、猪木さんに本当のところは聞いて欲しいんですけど。もしかしたら、猪木さんは“あの時、仕留めておけば、もうちょっとうまく入っていれば”ぐらいの言い方か“ちゃんと入っていればあれで終わりでしょうね”と言うかもしれない。ただ、ボクの解釈では、猪木さんは手加減したとかそういう問題じゃなくて何かあの肘打ちを凄まじくさせないものがあったんじゃないかと考えるんですね。もちろん、これもボクの想像だけど、その凄まじくさせなかったものを、猪木さんも感じたし、アリも感じたんじゃないかなと思うんですよ。あの一瞬、アリはまったくの無防備でしたから“今、やられたらおしまいだ”みたいなところは、格闘家として分かると思うんですよね。でも、結果的に猪木は仕留めにいかなかった。そこのところに何かが動いたんですよね。何かがあったはずなんです。その何かを守ると言う、アリと猪木の両方の世界におけるフェイルセーフだったんじゃないか。何かが働いたんじゃないかと思います」

 村松さんが指摘した「何か」。猪木はどう答えるのだろうか。

 「倒した時に肘打ち一発入れば終わりだったんです。そうなんだけど、今でもオレ自身、不思議なんだけど、なぜ肘を入れなかったのか今も分からないんですよ。これは、神懸かった話じゃないんだけど、どっかに神が付いていたのかもしれない。それは、オレかアリ、どっちの神なのかは分からないんですけどね」

 戦った当事者も分からない神懸かった感覚。6ラウンドで起きた一瞬の間。それは、まさに「幻妙な真空状態」だったのだ。猪木は続けた。

 「オレがそこで倒していたら、もしかしたら、とんでもない事件になっていたかもしれない。というのは、今なら信じられない話だけど、アリのセコンドは、アリに万が一のことがあったらということでピストルを持って入っていましたから。オレは後で聞いた話だけど、こっちも万が一の時にピストルじゃないけどペンみたいな形をした弾丸が出るものがあるんですね。それを持っていた」

 肘を落とす一瞬、猪木の脳裏にアリ陣営が隠し持ったピストルが頭をよぎったのか。命の危険を察知し肘で仕留めなかったのか。猪木自身にも分からない感覚。謎が奥深いからこそ、一層、この試合の色があせることはない。猪木が少し間を置いて言った。

 「だから、あの試合は戦争というかね。アリに群がっている人間たちにしてみれば、アリがひとつの財産ですから。戦争のように、オレに向かって“この武器を使えばお前は終わりだよ”と常に突きつけられているような感覚だった。この試合は異種格闘技戦と言われたんだけど、拡大解釈していけば、そんな枠を越えちゃった部分まで行ってしまった」

 リングで猪木が命の危険を感じた6ラウンド。村松さんは、こう見た。

 「あの6ラウンドは、アリと猪木が瞬間を共有した時間だったと思う。アリにとって、前夜祭や調印式もそうでしょうけど、猪木は普通の相手じゃない。こいつが、この試合ではプロレスは、やらないと言っていることがまずは信じられなかった。その信じられない思いをリングに上がってからも引きずっていったはず。ところが、こいつはオレと本気でやるつもりでいるらしい、こいつならやる気になるだろうなと納得した瞬間があったと思う。一方の猪木は最初から本気だった。かみ合わなかったアリと猪木の思いが共有した瞬間の象徴として6ラウンドを書いたんです」

 村松さんが解いた猪木を「普通の相手じゃない」と恐れたアリの気づき。その動揺を猪木自身は初対面で感じ取っていた。1976年3月25日。ニューヨークでの調印式。アリと猪木は初めて顔を合わせた。調印式は挑発を続けるアリを猪木は口元に笑みを浮かべながら静かに見守っていた。対照的な静と動が印象的な初遭遇だった。

 「会見で対峙した時に初めて会うんですけど、彼は自分を高揚させて恐怖を克服していくパフォーマンスを見せていた。自分は自分なりに、単なるジェスチャーじゃなくて自分自身を鼓舞していた。こちらにとっても初めての体験。あの時の心理状態は、そういうことをやっている相手がどういう風に沈むのかっていうことを考えていたと思います。それは、オレの中の体験から生まれて見えてくるものがあるんですね。アリが威嚇すればするほど、逆にこちらは沈んで行くと見えてくるものがあるんです。威嚇されて同じように立ち向かってしまうと見えなくなるというか。今、村松さんが書いてくれて、改めて自分なりにそうなんだなっていう気づきがある」

 調印式から試合直前まで一貫して猪木を挑発したアリ。その時、猪木はアリの中の恐れを見抜いていたのだ。さらに、村松さんは41年を経て試合中にアリが猪木の「本気」を感じ取った場面を発見した。

 「ラウンドが終わって2人がコーナーに下がる別れ際に猪木は、アリの膝をちらっと見ながら帰る。この職人のような視線をアリは、ずっと感じていたんだろうと思うんですよ。その辺のところは格闘専門家でもないし格闘家でもないからリアリズムとしては分からないんだけどもボクは、イメージの問題としてそう感じました」

 猪木が戦争と評したアリ戦。しかし、村松さんは今、あの試合を見直すと内心に秘めた壮絶な思いを露ほども感じさせない猪木の澄んだ瞳が印象に残ったという。

 「風の音だけが聞こえるという猪木がそこにいました」

 かつて、猪木から「風の音だけが聞こえることってありませんか?」と尋ねられた村松さん。あの澄みきった冷静な顔を見た時、猪木のこの言葉がよみがえってきた。

 「何かの拍子に突然、時計の音だけが聞こえてくることがある。例えば、親に叱られた時なんか、心がどっかにそのことを直に受け止めるよりも受け止めることが怖かったり、ガードするみたいな意味で心がさまようんですよね。その時に時計の音、風の音だけに耳がいくっていう。猪木さんは、人生においてそういう時間の切り抜け方をして、そういう時間が多かった人だなと思った。何もわからないうちにおじいさんの家に預けられたり、いきなりブラジル行って暮らすことになったり、こうした体験を壮絶だと決して猪木は、言わないんですけど、それは大変だったと思います」

 アリという巨大な壁に挑んだ猪木がリング上で「風の音」を聞いていたのか。考えれば考えるほど膨らんでくる41年前の6ラウンド。結果は引き分けに終わった。そして、猪木は酷評された。

 「ひとつうちのミスはルールの説明をちゃんと試合前にできなかったことなんですね。まぁ実際は、それどころじゃなかったという部分もあったんですが、それをちゃんと説明できていれば、ファンも納得ができたと思うんです。それと試合終わってすぐに接骨院に行ったんです。蹴って蹴って蹴りまくりましたからね。足の甲が剥離骨折していたんですよ。まぁそんなこともあったんだけど、時間が経ってみてあれで良かったなって素直に思える。勝ってもいけないし負けてもいけなかった」

 1976年6月26日を振り返る猪木。一方、「猪木対アリ」を題材を書き始めた村松さんには、2人の戦いへのある確信が芽生えたという。

 「アリと猪木は、奇跡の遭遇なんだけど、実は宿命的だったんじゃないかと思うようになった。対立軸を設定して書いていたんだけど、だんだん書いているうちに共通項の方が見えてきてたんですね。そういう相手同士がリングの中にいたんだっていう感動がありました」

 アリと猪木の共通項。「世紀の一戦」の核心に村松さんが入った。(続く)

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