【アントニオ猪木と村松友視が明かす『アリと猪木のものがたり』〈7〉】猪木が感動した「私、プロレスの味方です」

2018年1月7日10時0分  スポーツ報知
  • 村松友視さんが書いた「アリと猪木のものがたり」を手に笑顔を見せるアントニオ猪木氏

 直木賞作家の村松友視さんが処女作「私、プロレスの味方です」を出版したのは1980年だった。明らかに従来のプロレスとは異質だったアントニオ猪木のプロレスに光を当て、新たな価値観を与えた一冊はベストセラーとなった。猪木がこの本と出会ったのは偶然だった。

 「たまたま北海道の室蘭で巡業をしていて、試合が終わってすぐに次の場所へバスで移動する時にファンがオレのところにその本を持ってきたんですよ。表紙を見ると何か漫画チックでね。当時は、プロレスの本と言っても悪口ばっかりだったから“どうせ、また、悪口だろ。こんな漫画チックな表紙で”と思いながら“まぁいいや”とバスの中で1ページめくって、2ページめくって、3ページめくってね。“おおっ”と思って全部読んじゃったんでね。読んだ後に“あぁ分かってくれる人がいたんだ”っていう感動があった。それで、自分の思いをこの本を通じてファンにも知って欲しいと思ってテレビで500冊を視聴者プレゼントしたんですね」

 当時、村松さんは出版社「中央公論」の編集者。まったく無名のデビューしたての作家の言葉に猪木は心を揺さぶられた。

 「あの当時は、ウブというか毎日、必死で戦うだけで、オレの中には理屈も言葉もなかった。そんな言葉がないオレの中にある思いをしっかり捉えてくれる人がいるという感動ですよね。逆に言えば教科書っていうかな。自分が生きている中で考えていることを書いてもらった」

 村松さんが今、「私、プロレスの味方です」を振り返った。

 「『私、プロレスの味方です』も事実を書いているんだけど、ボクの考えるプロレスなんですね。ということは一人の人間の頭の中のプロレスであって事実を書いているんだけど、一種のフィクションなんですよ。全員に共有できる感覚じゃないかもしれない。だけどこういうアングルもあるんじゃないかっていうヒントにはなると思う。多分、あの本を読んでオレもこう思っていたっていう人がいたんだろうと思う」

 中でも猪木がジョニー・パワーズ戦後に発した「こんなプロレスをやっていたら10年持つ体が1年しか持たないかもしれない」という言葉をクローズアップした。

 「こんなプロレスっていうことは、あんなプロレスもあるということなんですね。例えば、今回の大相撲の問題でも白鵬が膿を出すって言ったということは、膿があったということなんです。闇っていうと闇のような相撲もあるっていうことを言ってしまっているのと同じで、じゃぁ、あんなプロレスって何かって今まで行われてきたプロレスのこと。つまり、プロレス内プロレスのことなんです」

 プロレス市民権という言葉も提示した。この言葉は、世間から蔑視されているプロレスが社会から認められる存在になるという思いが込められていたかと考えられてきたが、村松さんの真意は違った。

 「市民権を獲得するって言ったら、世間の中にいっぱいある市民権があるものと同等になっただけなんです。ボクが言いたかったことはそれとは、ちょっと違う。プロレスっていうのは、市民権を得たことで喜んでいるレベルの価値観じゃない。もっと素晴らしい毒の花だっていうことを言ったつもりなんです。認めさせるということになると、認めてもらうということに近くなる。そうじゃなくて、暴き出すんですよ。プロレスに市民権を与えないような感覚を暴き出すんですよ。これは市民権を得るというのとはちょっと違う」

 猪木のプロレスを「過激なプロレス」と位置づけた。当時、「過激」は学生運動の「過激派」などで使われることが多かった。この言葉に村松さんは世間の価値観とは一線を画す思いを込めていた。

 「過激って度を超えたことを普通、意味するんだろうけど、その裏側には、ろくでもない悪い評価が実はまっとうではないというような揶揄する意味のダーティーな匂いが絡みついている。そのダーティーな匂いごとプロレスにフィットする気がした。ダーティーな匂いをまとったまま、過激っていう世の中の人に波紋を広げていくことができるのは誰かと思ったらアントニオ猪木しかいない。恐らく猪木さんは全然意識していなかったでしょう。これは、猪木さんに過激という言葉を重ねたのボクの勝手な思いでね。過激なプロレスというのは、世の中からしょせん、プロレスだって見られているジャンルの中で凄いことをやるっていうことなんです。ろくでもないことだって見られている前提で、どうだっていう感じを表現した」

 プロレス内プロレスとは異質な過激なプロレス。それは猪木が内に秘めていた思いでもあった。過激なプロレスを日々、展開した先にアリ戦があった。

 「アリ戦は、オレの中の日々の思いがつながっていったんですね。ひとつには常に偏見と戦っていた。例えば、朝日新聞は絶対にプロレスは載せない。プロレスを攻撃してますからね。“だったら、載せてやろうじゃないか”という戦いでもあった。プロレス内プロレスでプロレスの中でヒーローをやっていればいいんだけど、オレの中にはいつもそういうものがあった。アリ戦は、終わった後に反省する部分がいくつもあった。もしオレが勝って世界一になってプロレス界を変えることができたかなと思うこともありますけど、今はあれはあれで良かったと思っていますよ。村松さんがプロレス内プロレスと表現したんですが、オレはプロレス界とは戦ってこなかった。いつも外なんです。それは、勝負する相手は当時は、相撲であり野球でありっていうか。力道山の遺伝子を勝手に自分が継いだと思えば、そういう他のジャンル以上のプロレス界でなくちゃいけないっていう意識は多分にありましたね」

 猪木を見て、秘めた思いを感じ、暴いた村松さん。そして、アリと戦い世間と勝負した猪木。黒人差別と戦い続けたアリ。3人が重なった場所があった。北朝鮮だ。(続く)

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