69歳・藤原喜明、仕事人の生きざま…金曜8時のプロレスコラム

スポーツ報知
藤原喜明(右)の一本足頭突きが伊橋剛太を襲う

 10日に東京・後楽園ホールで開催された長州力(66)のプロデュース興行「POWER HALL2018~Battle of another dimension~」の第1試合に“組長”こと藤原喜明(69)が登場。久しぶりにプロレスラーの凄味(すごみ)を見せてもらった。

 相手は、DDTの伊橋剛太(34)。今年1月14日の「POWER HALL」(後楽園ホール)のメインイベントで長州、飯伏幸太(36)のタッグパートナーとして出場したが、136キロのアンコ体形にチンタラしたファイトに長州がブチ切れ「お前はダメだな。プロレス辞めた方がいい」と通告された。

 伊橋は長州に見せて恥ずかしくないプロのレスラーになるべく肉体改造し、体重を107キロまで絞ってアピール。長州は「変わった姿を証明してみせろ」と査定役に“関節技の鬼”藤原を指名した。長州と藤原の関係は、また別のストーリーに脱線してしまうが、新日本プロレス時代に維新軍の大将だった長州を、藤原が“テロリスト”として襲った因縁とその後の友情がある。

 藤原は「久しぶりに長州力から電話がありましてひとつ仕事をやってくれと。どうしようもないヤツだから、グチャグチャにやっていいって言ってた」とニヤリ。「まったく知らない」という伊橋との対戦を受諾した。がんで胃の摘出手術を受けた69歳が簡単に引き受ける仕事だろうか。

 トレーニングは欠かさず、関節技セミナーを毎月定期開催している藤原。「プロは強くて当たり前。プラスアルファで商売している」「殺気は出すもんじゃない。出るもんなんだよ」これまでに藤原から聞いた名言は錆びていなかった。

 昨年8月14日には、悪性リンパ腫で闘病中の弟子・垣原賢人(46)の復帰興行「カッキーライド」(後楽園ホール)で垣原とUWF道場スパーリングマッチを戦った。関節技の鬼は、病人にも遠慮せず、左右の腕、左右の足を順番にきめていき、10分間に10度タップアウトさせる非情のプロフェッショナルぶりを見せた。

 さて、伊橋の査定試合。藤原はいきなりフロントヘッドロックで締め上げ、「うぎゃー」という伊橋の悲鳴が会場に響き渡った。前腕を頬骨の下に食い込ませるプロのヘッドロックだ。見たわけではないが、昭和の新日本プロレスの道場破りを軽くあしらっていたという藤原の怖さが伝わった。さらに脇固め、アキレス腱固めなど関節技地獄で伊橋の体をもてあそんでいく。

 伊橋はそれでも立ち上がり、張り手とヘッドバットを藤原に見舞った。私が目を見張ったのはここからだ。藤原の一本足頭突き、そしてそこからの“藤原ムーブ”だ。ヘッドバットを受けた藤原は、一本足頭突きを連打し、さらに自分の頭の固さを証明するために、エプロンを歩き、鉄柱とコーナーをつなぐ金具の保護カバーを外す。そして、むき出しになった金具に自らの頭を打ち付けるのだ。「ガチン」、「ガチン」という鈍い音の後に頭を触ってすぐに手を払い「効いてないよ」のジェスチャー。

 藤原が“テロリスト”でも“関節技の鬼”でも“組長”でもなかった時代に見せていた、昭和の前座の名場面だ。このムーブは、テレビにはほとんど映らなかったが、どんな地方興行でも受けていた。そして外国人レスラーを辟易(へきえき)させた。まさにプラスアルファのプロの仕事だった。藤原は一方的にいたぶるだけではなく、プラスアルファを観客に見せた上で、7分8秒、脇固めで伊橋を仕留め、そそくさとリングを下りた。

 「今日は一生懸命来ましたね。(伊橋の気持ちは伝わってきた?)俺は超能力者じゃないから、気持ちなんか伝わらないよ。まあ、そういうことだよ。どうもありがとう」と言葉少なに控え室に消えた。前頭部に2筋、血がにじんでいた。生身の69歳の生きざまである。(酒井 隆之)

格闘技

×