棚橋弘至、平成最後のG1優勝で完全復活宣言「プロレス界には俺が必要なんです」

2018年8月13日6時0分  スポーツ報知
  • 平成最後のG1クライマックスで優勝を飾り笑顔の棚橋弘至

 ◆新日本プロレス「G1クライマックス28」最終戦 ▽「G1クライマックス28」優勝決定戦・時間無制限1本勝負 〇棚橋弘至=Aブロック1位=(35分00秒 ハイフライフロー→片エビ固め)飯伏幸太=Bブロック1位=●(12日、東京・日本武道館=観衆1万2112人札止め)

 「100年に1人の逸材」棚橋弘至(41)が飯伏幸太(36)を破り、3年ぶり3度目の優勝を飾った。

 セコンドに中邑真輔(38)と3人で「新闘魂三銃士」を組んでいた盟友・柴田勝頼(38)を従えての大一番は初優勝を狙う飯伏の気合の前に圧倒された。いきなり、セカンドロープを使ってのムーンサルトプレスを食らうと、その後もトップロープからのスワンダイブ式のラ・ケブラータ、雪崩式フランケンシュタイナーと、抜群の身体能力を生かした攻撃の前に守勢に回る場面もあった。

 それでも、「太陽の天才児」は守りも強かった。ドラゴンスクリュー、テキサスクローバーホールドにコーナートップから場外へのハイフライフローと全盛期を思わせる技の切れで徐々に挽回すると、最後はドラゴンスープレックスからハイフライフローを飯伏の背中に、胸にと3連発。ついに3カウントを奪った瞬間、時計はG1史上最長の35分を刻んでいた。

 柴田に肩車され、両腕を突き上げた平成最後のG1覇者は、サッカー元日本代表の中山雅史さんからトロフィー、G1最多5回優勝の蝶野正洋から優勝旗を受け取ると、「G1、優勝だ~!」と絶叫。「G1、生き残りました。これはどういうことか、そう、棚橋が新日本プロレスで生き残ったということです」と続けた。

 「(来年1月4日の)東京ドームまで、俺はこのままいきます!」と叫んだ。

 さらに「武道館!武道館!武道館! 盛り上がっていこうぜ!」と言って、リングの中央でエアギターのパフォーマンス。満場の「アンコール」の声に答え、2度目のパフォーマンス。寝転がって、さらに“演奏”。そして、4度目。「最後に日本武道館の皆さん、愛してま~す」と、ついに決めゼリフが飛び出した。

 バックステージでは1分以上、沈黙。やっと、「今まで苦しんだ分…。いや、苦しんでない。楽しんでやっていた。結果が出なかった分、今日はうれしいです」と笑顔を見せると「考えに考えたG1だった。今の自分に何ができるか、自分の体に感謝です」と、古傷の右ヒザをチラリと見た。

 相手の飯伏に対しても「もう、俺からどうこう言うレベルは、とっくに過ぎていて…。後は飯伏が覚醒した状態のままでやれるか。俺は真のトップレスラーだから。オンとオフがないから。それが自慢だから」と10年以上に渡って、新日を支え続けてきたエースとしてのプライドをのぞかせた。

 久々のエアギターのパフォーマンスについては「すごく気持ち良かったけど、エアギターがさびついてましたね。あまりにやってなくて、チューニングが…。でも、これからガンガン、かき鳴らしていきますよ」と笑顔を満開にした。

 この日の勝利で来年1月4日、東京ドーム大会のメーンでの王座挑戦権利書を手にすることになったが、「東京ドームのメインに戻ること。IWGPのチャンピオンにもう一度なる」と完全復活宣言も口に。

 レスラーの職業病・右ひざ変形性関節症の悪化から今年に入って2回の故障欠場を繰り返してきたが、「僕のいい所は、どんな時でも、どんなプロレスの形が流行っても、俺は俺、俺のやっているプロレスは面白いって胸を張れることなんです。そうだと言ってくれるファンも、そうじゃないと言うファンもいていいです。熱いじゃん。全員、熱いじゃん。だから、プロレス界には俺が必要なんです。日本全国のリングに立ち続けます」―。帰ってきた新日のエースは、汗まみれの笑顔で言った。(中村 健吾)

 ◆棚橋 弘至(たなはし・ひろし)1976年11月13日、岐阜・大垣市生まれ。41歳。大垣西高から一般入試で立命大法学部に進学。99年、新日本プロレス入門。冬の時代を送っていた同団体のエースに上り詰めると、女性ファン開拓など人気復活に貢献。V字回復の立役者になる。主なタイトル歴はIWGPヘビー級王座、IWGPインターコンチネンタル王座、G1クライマックス優勝2度(07、15年)など。ニックネームは「100年に一人の逸材」「太陽の天才児」。181センチ、103キロ。9月21日に初主演映画「パパはわるものチャンピオン」が全国公開される。

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