RIZINゴールデンタイムに流れたブッチャーのテーマ…金曜8時のプロレスコラム

スポーツ報知
キングファラオのコスチュームで入場した大砂嵐(C)RIZIN FF

 台風24号が直撃した9月30日に総合格闘技「RIZIN.13」が、さいたまスーパーアリーナで開催された。メインイベントは、“神童”那須川天心(20)=TARGET=と元UFCファイター・堀口恭司(27)=アメリカン・トップチーム=の軽量級世紀の一戦、さらに9月18日にがんのため亡くなった格闘家・山本KID徳郁さん(享年41)の姉・山本美憂(44)=KRAZY BEE=による追悼マッチなど話題満載。

 フジテレビでは、この2試合を午後7時57分からのゴールデンタイム枠で生中継を予定していたが、JR東日本が台風に備えた計画運休を午後8時から実施することを発表。榊原信行実行委員長(54)は、大会史上最多2万7208人の大観衆への影響を考えて、この2試合は午後8時以前に消化する必要が生じ、試合順の入れ替えと生中継の断念を決断した。

 録画中継となったフジテレビの番組はどうなったか。予定の午後7時57分は、台風の臨時ニュースという生放送だった。そして午後8時2分からRIZIN中継がスタート。KIDさんへの黙とう、オープニングを経て、つかみの“第1試合”は、大会第6試合の元幕内・大砂嵐(26)=エジプト=とボブ・サップ(44)=米国=の無差別級野獣対決だった。

 サップの入場テーマ「2001年宇宙の旅」(「ツァラトゥストラはかく語りき」)に続いて、入場コールされた総合格闘技デビューの大砂嵐。会場に鳴り響いたのは、あの恐怖の旋律「吹けよ風、呼べよ嵐」(ピンク・フロイド)だった。そう、“黒い呪術師”アブドーラ・ザ・ブッチャーのテーマ曲だ。ブッチャーと対戦経験のある解説席の高田延彦統括本部長(56)は「『吹けよ風、呼べよ嵐』ね」と感慨深げにうなり、ちょうどその時、ニュース速報で「台風24号は和歌山・田辺市付近に上陸」というテロップが…。

 昭和のゴールデンタイム。全日本プロレスの看板外国人だったブッチャーが、新日本プロレスを中継するテレビ朝日「ワールドプロレスリング」(当時、金曜午後8時)に、このテーマ曲とともに登場したシーン(1981年5月)は、黄金時代の名場面だった。

 引き抜き合戦で、入れ替わるように新日本から全日本に移籍した、タイガー・ジェット・シンは、日本テレビ「全日本プロレス中継」で、「吹けよ風、呼べよ嵐」を踏襲したが、シンのテーマ曲は、やはり新日本時代の「サーベルタイガー」だろう。その名曲「サーベルタイガー」は、RIZINでは、シング・心・ジャディブ(インド)が使用している。榊原委員長がどれだけ昭和のプロレスが好きなのかがわかる。

 大砂嵐のコスチュームは、ツタンカーメンで有名なエジプトの王(ファラオ)の装束に杖。この男、プロレス向きだ。試合は前日計量167.40キロの大砂嵐と147.90キロのボブ・サップによる、スーパーヘビー級同士の殴り合い。技術を競うスポーツではなく、本能のままぶつかり合うストリートファイトだ。

 最終の3回には、スタミナ切れでお互いが口を開けて、にらむだけで前に出て行かない。2回終了時には大砂嵐が大の字になって、しばらく立ち上がれなかった。大砂嵐は二本差してからの右すくい投げも決めたが、高田本部長が「西部劇のけんか」と評した乱戦だった。

 那須川と堀口の真剣を抜き合うような1ミリのミスも命取りになる攻防と比べると、「茶番」と評されても仕方がないが、これぞ大衆格闘技。マニアじゃなくても楽しめる、ゴールデンタイムには不可欠な要素だ。精も根も尽き果てた2人が、終了のゴングと同時に抱き合うと、笑いとともに大歓声に包まれた。“世紀の一戦”の大歓声とは明らかに異質なものだったが、その両方を体感できた大観衆は、台風から逃げなかっただけの価値を感じたことだろう。

 さて、入場のテーマ曲について。酸欠状態から呼吸を整えた大砂嵐は「僕の名前に似ている。ブッチャーのことは知らなかった」とコメント。そして「ボブ・サップと大晦日にリベンジしたい」とアピールした。競技性重視ならば、代表選手になるのは難しいだろう。だが、地上波中継と興行を意識するならば、こんな魅力的な男はいない。プロレス、UWF、格闘技という進化と復興に揺さぶれてきた日本のマット史を考えずにはいられなかった。(酒井 隆之)

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