ボートレース尼崎 開設66周年記念【GIセンプルカップ】あす開幕!!

2018年7月23日7時15分  スポーツ報知
  • 初出場の地元記念に燃える和田。V候補の大物たちを豪快に食らうか

 ボートレース尼崎の開設66周年記念「G1尼崎センプルカップ」は24日から6日間の日程で開催される。デビュー11年目にして、初めて地元周年に挑む和田兼輔(31)=兵庫=にインタビュー。今節にかける思いを聞いた。また、謎のキャラクター・センプル兄さんも登場。アミューズメントパークとしての尼崎ボートをPRした。(構成・藤原 邦充)

 ―意外にも地元周年は初出場。

 和田 そうなんですよ。それが恥ずかしくて。11年目やのに。やっぱり兵庫支部は層が厚い。どうしても勝率6点台じゃ見劣りしてしまう。

 ―尼崎はほぼ毎月走っている。

 和田 今年は1、2、3月と走って4月はフライング休み。5、6月にも走らせてもらいました。

 ―5月、6月のレースではエース17号機を連続で引いた。

 和田 6月のレースは地震もあって、3日間しか乗れなかったんですけどね。

 ―3回連続に期待が集まる。

 和田 まあまあ天文学的な確率でしょ(笑)。でも、2回乗って、あの感覚が現行のモーターの正解の感じなのかなっていうのは分かった。中島孝平さんもオールスターを優勝したわけですし。

 ―収穫はあった?

 和田 ありましたね。17号機以外のエンジンを引いても、プロペラの形とか、エンジンの音を思い出して(エース機の感触を)再現できたらいいなと思います。

 ―過去のスポーツ経験は?

 和田 帰宅部です。サッカー部っぽいとか言われるけど、まったく出来ない。

 ―ボートレーサーを目指した理由。

 和田 JRAに松山弘平っていうジョッキーがいるじゃないですか。松山くんの親と、うちの親が昔からの友達なんですよ。松山くんがジョッキーを目指していると聞いて、ボートレーサーはどう? という話になって。

 ―興味はあった?

 和田 なかったですよ。大学に合格していたし、大学生もしたいと思っていたので。

 ―気持ちが変わった?

 和田 ある日曜日に尼崎ボートに行ったら、たまたまペアボートをやっていて。乗らしてもらったら「うわっ」と思った。体が小さいことがコンプレックスだったけど、それを大逆転して、それを生かしてやれるっていうのは、自分の中で大きいなと思ったんです。

 ―試験は一度で合格。

 和田 僕みたいな運動音痴でもなれる。エグイですよ。バッティングセンターに行っても見送りますもん。高校の体育の先生が一番びっくりしていると思う。

 ―デビューしてから11年が過ぎた。

 和田 デビュー戦はタッチスタートだったんですけど、そこから500走くらい、フライングを切らなかったんですよね。

 ―順調に勝率を伸ばしていたが、2008年10月5日のとこなめで左ひじに大けがを負う。

 和田 けがをしてから気持ちの変化があった。それまではずっとボートに乗れる環境があった。けがをして、そこで初めてボートから離れた。けがをする前は、乗るのが嫌いになったり、練習をさぼりはじめた時期だったんですよ。

 ―けがをしてからは?

 和田 ひじをプロペラに巻き込まれて、骨が粉々になって、これから先も分からない状況の時に「またボートに乗れるようになりたい」と初めて思ったんですよ。けがの功名じゃないけど、よかったなと。そう思えたことは。けがをしてなければ気づけなかったと思う。けがをした後の方がボートレースを好きになりましたね。

 ―けがを乗り越えてA1レーサーになった。

 和田 今、初めて人生で頑張っていると思うんです。以前の僕はスポーツとかもしてなくて頑張ったことがなかった。昔、野球部が総体で負けて泣いて帰ってくると「なんで泣いてんの?」と思うタイプだった。頑張ったことがないから、悔しくて泣くっていう感情がまったくなくて。今ならそれが分かります。

 ―記念レースの印象は?

 和田 記念に行き始めのころは、自分の操縦技術にまったく自信がないから、ペラとかで出し抜きたいという気持ちがあった。すごい伸び型のペラにしたり。でも、そこまで伸びないのに、ターン回りがまったくダメみたいな足で。

 ―操縦技術を他の部分で補おうとしてた?

 和田 そうですね。でも、吉川元浩さんに、最終日にプロペラを見ていただいた時に「これはちょっと欲張り過ぎやわ」って言われたんですよ。それで、最後のレースは吉川さんに教えてもらった形で行ったら、すごくスムーズに走れたんです。

 ―考え方が変わった?

 和田 入り口が間違っていた。足で勝ったら楽じゃないですか。でも、まわりは僕の何倍も(エンジン出しが)上手なわけですよ。まず、ペラの回転を合わせて、いかにレースをしやすい足にするか。その上で操縦技術で(着を)取ってくる方向に考えた方がいいんじゃないか、と吉川さんにアドバイスをもらって、その通りだなと。根本が未熟やったなと思います。

5 ―フライング休み中はヨーロッパを巡った。

 和田 そうなんですよ。スペインとかを回って。初めての一人旅で。向こうでおなかを壊したりして、英語もしゃべれないんでめっちゃストレスでしたね。でも、友達も出来たりして。

 ―何か変わった?

 和田 こう見えて、めちゃくちゃ緊張しいなんですよ。1走目のレースとかは特に緊張する。ずっと苦しかったんですよ。前検日にレース場に入るのも緊張するんで。でも、旅から帰ってきたら、緊張感がなくなっていたんです。思わぬところでいい影響がありましたね。

 ―センプルカップも緊張せずに入れる。

 和田 そうですね。ヨーロッパ旅行はいい経験でした。分からないってことも面白い。レースができることに感謝して、精いっぱい頑張りたいと思います。

 ◆和田 兼輔(わだ・けんすけ)1986年12月28日生まれ。31歳。兵庫県出身。100期。07年5月、尼崎でデビュー。同年9月、三国で初勝利。13年2月、平和島・新鋭リーグでデビュー初優勝。通算では10V。主な同期は桐生順平、平高奈菜など。164センチ。血液型A。

 今回、インタビューでおじゃましたお店は阪神本線・出屋敷駅前にある「焼肉・冷麺 味楽園」というお店。ボリューム満点の上質な焼肉を楽しめる。打ち立てで提供される冷麺も人気。コースは5500円~。ボートレース尼崎でもうけて、打ち上げに繰り出したい。兵庫県尼崎市南竹谷町2の1 TEL06・6411・9329。

周年記念G1
注目トピック
今日のスポーツ報知(東京版)