【巨人】王の素振りは「ブルンって、ふすまが揺れるんですよ」…当時の宿舎の主人&女将が語る

2018年2月10日9時0分  スポーツ報知
  • 江南荘の元社長・浅野文彦さんと妻のえつ子さん
  • 66年2月の宮崎キャンプ、荒川コーチ(右)の部屋で打撃指導を受けた王

 巨人の宮崎キャンプ60年を記念して開催される「ジャイアンツVSホークスOB戦」(10日12時半・サンマリンスタジアム宮崎)の前夜祭が9日、宮崎市内のホテルで行われた。1959~75年の巨人キャンプ宿舎だった「江南荘」の主人と女将(おかみ)が当時を振り返った。

 1959年から始まった巨人の宮崎キャンプ。当時、チームの宿舎だったのが、宮崎市内を流れる大淀川河畔にあった旅館「江南荘」だ。当時専務だった浅野文彦さん(89)が、宮崎入りした宇野庄治球団代表に「うちも巨人の宿舎の候補に入れてもらえませんか?」と直談判。その行動力が、三高、京大でラガーマンとして鳴らした同代表の胸を打って宿舎に選ばれた。

 野球選手の体は一般の宿泊客より大きい。浴衣など大きいものを用意し、布団も作りかえた。それでも入らない規格外の選手がいた。馬場正平。後にプロレスに転向したジャイアント馬場だ。布団は1・5人分。1つの布団にもう1つの布団を半分に折って合わせ、つないだという。

 女将のえつ子さんも奮闘した。金田正一は練習に出かける前、決まって指輪をハンカチに通して、女将に手渡す。練習が終わり「江南荘」に戻るまでそれを預かるのが、えつ子さんの仕事だった。若い選手に届いた恋人からのラブレターを、報道陣の目に入らないよう、そっと渡したりもした。

 夕食が済むと、120畳ある1階宴会場の半分が素振りの場所になった。文彦さんは「誰がやっているかフロントからは見えないのですが、王さんがスイングを始めた時だけは分かりました。ブルン、ブルンって、ふすまが揺れるんですよ。あんな音を出す人は、他にいませんでしたね」と振り返る。

 75年にキャンプ地が市街地の旧県営野球場から、現在のひむかスタジアム(宮崎市営野球場)へ移ったのをきっかけに、宿舎も同市青島へ移ったが、川上監督は退任して解説者になってからもキャンプ取材で宮崎に来ると、必ず「江南荘」に泊まっていたという。現在、跡地にはマンションが建ち、当時の旅館の面影はない。しかし、その頃選手だったチーム関係者、OBになった人たちと浅野さん夫妻の交流は今でも続いている。

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