初の一面原稿に手が震えた

編集局運動第二部 大谷翔太

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常に何かに興味を持つ
全身でビリビリと感じる興奮や感動
本気で取り組めば、周りが助けてくれる

仕事を進める上で大切にしていること

 五輪競技やサッカーなどを取材する運動第二部で、大相撲を担当しています。主に朝の稽古や年に6回行われる本場所、地方巡業などを取材。巡業では、全国を行脚する力士たちについて、日本中を飛び回っています。

 「仕事は楽しく!」。いつも心がけていることです。楽しさ=楽(らく)という訳ではなく、どうせやるのなら楽しく。私たちは、人から聞いた話を、活字を通して人に伝える仕事をしています。「楽しくやろう」という心がけや姿勢は、取材をする人にも記事を読んでくれる人にも伝わる。日々の取材や原稿の執筆にも、いい影響を与えてくれると思っています。
 
楽しく仕事をするために、常に何かに興味を持つことは、大切にしています。
 
 「お相撲さんって、なんであんなに太っているのにあれだけ速く動けるんだろう…」。相撲には全く興味がなかった私。ただ担当になって、まず初めにこう思いました。そして力士の朝の稽古を取材するうちに、だんだんとその謎がひもとかれていく。「相撲は神事だけど、力士って、アスリートなんだ…」。興味を持てば持つほど、日々新しい発見があります。そしてその力士の人柄にも、ひかれていく。その楽しさを見いだせば、もっとその力士のことを知りたくなります。何より力士と話をすることが、楽しくなります。

 取材をする上で、稽古のために朝早く起き、時には張り込みをするなどツライこともあります。ただ、「ツライ…」と思う傍らで、「どうしたら楽しい結果につながるんだろう」と、考えるようにしています。まずは取材を、楽しもうとする姿勢。この気持ちを、一番心に留めています。
秦雄太郎

仕事の醍醐味

 「アスリートの人生の節目となる瞬間に立ち合い、それを人に伝えることができる」ことでしょうか。

 大相撲担当となり初めて迎えた2018年の九州場所。当時、小結だった貴景勝関(現・大関)の担当を任されました。普段、メディアの前で感情を表に出すことはほとんどない当時22歳。当時も、初日から順調に勝ち星を重ねながらも、常に泰然自若でした。しかし初優勝を決めた千秋楽(15日目)。優勝が決まった瞬間、貴景勝関の唇が細かく震えていました。

 力士の支度部屋で、貴景勝関を囲んでの取材。50センチ前に座る優勝力士に、笑顔はありません。ただこみ上げる感情をなんとか抑えようとする姿に、胸が熱くなりました。そして私自身、初めて経験する相撲の取材現場。緊張と興奮が入り交じった不思議な感情のせいで、手が震えました。結果、必死に書いたノートのメモの字は、めちゃくちゃでした。

 「大谷、これ明日の一面だから」。取材後に相撲班のキャップにそう伝えられ、緊張と焦りはマックスに。「現場の感動、熱をどうやって読者に伝えよう」「貴景勝のどの言葉を、原稿にしよう」。なんとかメモを読み返しながら、キーボードをたたきました。当時は、まだ入社して7か月。一面を任されるプレッシャーを感じる間もなく原稿の締め切りに追われましたが、キャップの支えもありなんとか、(大谷 翔太)の署名を一面に入れることができました。翌日、落ちついて新聞を見た時は、うれしさ…より、何とも言えない思いに包まれたのを覚えています。

 当然のことですが、貴景勝関の初優勝は、彼の相撲人生の中で一度しかありません。そしてその瞬間を目にし、場の雰囲気を感じ、読者に伝えることができるのは私たち記者だけだと思います。全身でビリビリと感じる興奮や感動を、自分で記事にする。読んでいただいた読者の方から「いい記事だったよ」と言われると、また喜びもひとしおです。
 

キャリア

コミュニティ福祉学部卒
2018年4月:入社、編集局
同年10月 :編集局運動第二部 大相撲担当
 

受験生へのメッセージ

 就活中は、とことん自分と向き合い、いろんな人に自分の思いを伝えてみて下さい。

 私は大学生の頃、スポーツ雑誌「Number」で、サッカーの本田圭佑選手の記事を読んで「スポーツライターになりたい」と思いました。水泳部で記録が伸び悩み、「自分には才能がない」と腐っていた大学2年生の時。イタリアのクラブ・ACミランで、エース番号の10番をつけながらも試合に出られない本田選手のインタビュー記事がありました。定位置を奪えるのか、ベンチ入りも危ないのではないかと予想する周囲に対して本田選手は「尋常を超えた努力でそれを証明したい」と強いメッセージを発していました。

 並大抵の選手なら、10番の重圧と試合に出られない現実に逃げ出したくなるかもしれません。しかし本田選手は自分と向き合い、努力でその壁を乗り越えようとしていた。この言葉に、私は勇気をもらいました。それと同時に、「アスリートの言葉を伝える仕事をしてみたい」という思いを、持つようになりました。

 この経験もあり、就活はスポーツメディア業界が中心に。「こういうことがしたい」という思いはありましたが「自分に何ができるんだろう」「どうやってこの思いを面接で伝えよう」と、悩むことも多くありました。自分と向き合う上で、私は人によく相談しました。自分の思いや考えを人に伝えることで、頭の中を整理できるからです。もしみなさんが自己分析などで悩むときがあれば、誰かに相談してみるのもいいかもしれません。

 就活をする上で、社会人とコミュニケーションを取ることもオススメします。私は卒業後に留学し、就活を始めたのは25歳。既卒のため大学のキャリアセンターを頼ることもできなかったので、社会人のいるシェアハウスに住みました。ほぼ毎日、就活について相談にのってもらい、朝まで話し聞いてもらうことも。いろんな人を通してインプットとアウトプットを繰り返すことで、だんだんと自分が分かってきたと思います。なにより、社会人と話をするごとに、壁を感じなくなります。

 本気で自分の人生を考えれば、周りの人は助けてくれる。スポーツ新聞業界について話を聞きたいと思った方、色々な人に話を聞いてみてください。人に頼りながら、ぜひ充実した就職活動にしてもらえればと思います。
(大谷翔太 スポーツ報知) https://twitter.com/hochi_otani
(スポーツ報知 相撲取材班) https://twitter.com/hochi_sumo

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