宿敵コロンビア知将・ペケルマン監督は情報オタク…師弟関係・都並敏史氏が明かす真の顔

2018年3月6日6時0分  スポーツ報知
  • コロンビアのペケルマン監督
  • 07年にメキシコ1部のトールカを指揮していたペケルマン監督(左)と記念撮影する都並敏史氏(提供写真)

 6月14日のロシアW杯開幕まで、6日であと100日となった。過去最高の8強入りを目指す日本代表は1次リーグ初戦で、14年ブラジル大会で1―4と大敗したコロンビアと対戦。2大会連続で指揮を執るホセ・ペケルマン監督(68)に関して、コーチ留学して師弟関係を築いた元日本代表の都並敏史氏(56)が、知られざる素顔を明かすとともに攻略のポイントを挙げた。(取材・構成、田中雄己)

 日本の前に再び知将が立ちはだかる。1―4と完膚なきまでにやられたブラジル大会同様、コロンビアを率いるのはアルゼンチン人のペケルマン監督だ。94年から8年間、U―20アルゼンチン代表を指揮しU―20W杯を3回制覇。その後はアルゼンチン、コロンビアと代表監督を歴任した。「育成の達人」と呼ばれる指揮官に魅了された都並氏は03年4月にアルゼンチンに留学。初対面から衝撃を受けた。

 「面識がないにもかかわらず(食事をしながら)いきなり7時間以上もサッカー談議をかわした。同じ席には5~6人いたけど、他の人のところに行ったと思ったら、すぐに戻ってきて『日本代表はどうか』とサッカーの話を始めていた」

 話題が日本人選手になった時だ。ペケルマン監督は「ナカタが一番だな」と笑った。当時イタリア1部パルマで活躍していた中田英寿のことだと思ってうなずく都並氏に対し「ヒデじゃないぞ。コウジだ。今はセンターバックでプレーしているが、ボランチでもいいな」。ペケルマン監督は当時、日本と一度も対戦したことがなかった。それにもかかわらず、当時鹿島でプレーしていた中田浩二まで念入りにチェックしていた。

 「どこかで対戦するかもしれない。その可能性だけで、各国のビデオを集めて分析する。同じ南米でもブラジル人と比べてアルゼンチン人は研究熱心。(ペケルマンに限らず)代表の監督室のファクスには、毎日レアルやバルサなどビッグクラブの練習メニューが流れてくる。その中でも、彼は異常なレベル」

 07年、都並氏はメキシコ1部トルーカを指揮するペケルマン監督を再訪し約2週間、チームに帯同した。試合ではさまざまなシステムを使い分けたが、戦術ではなく「全ては人(選手)ありき」だという。

 「浪人時代はタクシー運転手をしたり、たたき上げの人だから控え選手の気持ちも理解できる。誰に対しても平等で、人の心をつかむのがうまい。選手を縛りつけないため、戦術はシンプルだが、試合中に両サイドバックを入れ替えるなど大胆な面もある」

 巧みな人心掌握術と的確な采配。ロドリゲスやファルカオらスター選手も彼の下で献身性を持つようになった。日本に勝機はあるのだろうか。

 「コロンビアは格上なのに謙虚。隙はない。チャンスがあるとしたらショートカウンター。ボランチで状況を分かる長谷部がゲームをコントロールしない限り勝てない。チームが1人の人間のように連動しない限り、ペケルマンを苦しめることはできないと思う」

 ◆コロンビア代表の現状 前回大会得点王のMFロドリゲスは今季16試合出場4得点と復調気配。前回大会で左膝痛のためメンバーから外れたFWファルカオは絶好調。現在2位のモナコで20試合出場17得点と、得点ランク3位につけている。

 ◆14年ブラジルW杯コロンビア戦VTR 日本が勝ち、同時刻に始まった試合でギリシャがコートジボワールに勝つか引き分ければ、決勝トーナメント進出の可能性があった。前半はPKで先制を許したが、岡崎が頭で決め1―1で折り返し。後半FWマルティネスに2発を決められるなど3失点。1―4で惨敗しC組最下位で1次リーグ敗退した。

 ◆都並 敏史(つなみ・さとし)1961年8月14日、東京都生まれ。56歳。80年に読売クラブ(現東京V)に入団。81年に19歳で日本代表に初選出された左サイドバック。福岡を経て平塚(現湘南)に移籍し98年引退。国際Aマッチ78試合出場2得点。仙台、C大阪、横浜Cの監督を歴任した。

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