【天皇杯】C大阪、J1復帰1年目で2冠!尹監督の伝達役・水沼が延長V弾

2018年1月3日7時0分  スポーツ報知
  • 天皇杯を掲げて喜びを爆発させる柿谷(中央)らC大阪イレブン

 ◆天皇杯全日本サッカー選手権 ▽決勝 C大阪2―1横浜M(1日・埼玉スタジアム)

 C大阪が横浜Mに延長戦の末2―1で逆転勝ちし、Jリーグ発足後初、前身のヤンマー時代を含めると43大会ぶり4度目の頂点に立った。後半20分にFW山村のゴールで追いつき、延長前半5分、MF水沼のヘディング弾で勝ち越し。水沼の父は6度の天皇杯制覇を誇る元日本代表FWの貴史氏(57)で、親子での優勝となった。C大阪は就任1年目の尹晶煥監督(44)のもと、J1復帰1年目でルヴァン杯との2冠を達成した。

 ベンチの選手、スタッフも加わって完成した歓喜の輪の中で、水沼は一際輝く笑顔だった。「今年は目標に向かってみんなが一丸となってできた。目標以上のこと(2冠)ですけど、本当に勝ててよかった」。昨年11月4日のルヴァン杯(川崎2○0)に続くタイトル。いつもの冷静さを少しだけ失い、インタビューに声を張り上げた。

 準決勝の神戸戦に続いてもつれこんだ延長戦。ロスタイムの同点弾で敗戦の危機から救った神戸戦に続き、またも殊勲の仕事をやってのけた。延長前半5分、ファーサイドに上がった左クロスに突進。ゴールのほぼ右横から頭で逆サイドのネットへ押し込んだ。「自分がやるべきことをやれば結果はついてくる。それを証明できた」。監督と選手のパイプ役に徹した1年間の献身を、サッカーの神様は見ていたのかもしれない。

 鳥栖在籍時も尹監督に師事した間柄。全員に攻守のハードワークを求めるスタイルにC大阪の選手は不満を漏らすこともあったが、そんな時に指揮官の意図の伝達役となり、チームの一体感を保つことに腐心したのが水沼だった。「最後まで走り切らない選手は必要とされないのが尹さんのサッカー。僕は華麗なプレーはできないけど、そういう姿は見せようと意識してきた」。尹監督は「この1年、順調に進んだのは水沼がいたからと言っても過言ではない」と感謝した。

 父の貴史さんが83~92年度にかけて6度も手にした天皇杯。当時の記憶が全くないという水沼だが、「まだまだ追いつけないけど一つ誇らしいことができた」と表情を緩めた。F東京から1年間の期限付き移籍中で、C大阪からはすでに完全移籍のオファーを受けている。「最後まで粘り強く、体を張るのは強いチームにしかできないこと。それができたのは成長できた部分かな」と水沼。勝負の厳しさを知る師弟2人の加入によって、C大阪は戦闘集団へと生まれ変わった。(中村 卓)

 ◆水沼貴史の天皇杯決勝 1980年代から黄金期を築いた日産自動車でFW、MFとしてプレー。天皇杯は83年度の63回大会から決勝に7回出場し、PK戦の末に敗れた70回大会を除く6大会で優勝した。88年度の68回大会では、同点で突入した延長前半8分に決勝ゴール。Jリーグ発足直前で横浜Mへとプロ化した92年度の72回大会では、先制点を挙げて2―1の勝利に貢献した。

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