槙野、西川、李、森脇ら広島ゆかりの選手が西日本豪雨災害支援サッカー教室に参加…その思いとは

2018年12月16日9時47分  スポーツ報知
  • ちびっ子と交流する浦和のGK西川周作ら
  • チャリティーサッカーには20人もの選手が集まり、160人のちびっ子と交流した
  • チャリティーサッカーを行う浦和の日本代表DF槙野智章ら

 広島市安佐南区の広島経済大学フットボールパークで15日、「西日本豪雨災害支援!チャリティサッカースクール in 広島」が行われた。名古屋のFW佐藤寿人、東京VのMF橋本英郎が呼びかけ、広島にゆかりのある選手20人が集まった。西日本豪雨災害が発生した7月から「何かできないか」と企画され実現した。主に被災した地区に住む4歳から12歳の約160人が招待され、午前と午後に2時間ずつ、サッカー教室、ゲームなどで交流が図られた。

 浦和DF槙野智章は広島市で育ち、J1広島の下部組織からトップチームに昇格した。「生まれ育った街が、災害に見舞われたのを心苦しく見ていました。遠くにいても、自分ができる事は何だろうと考えていました」。7月28日のアウェー・広島戦の翌日、チームメートのGK西川周作らと被災地で支援活動を行う予定だった。しかし、台風12号の影響で、被災地からの申し入れもあり、断念した経緯がある。今回の活動を終え、「生まれ育った街の子供たちと触れ合って、少しかもしれないですけど元気と勇気を与えることができたかな」と喜んだ。

 槙野はイベントの最後にスピーチする時、子供たちに聞き回った。「夢は?」。「サッカー選手」、「プロ選手」。期待通りの答えが返ってきた。「僕が小学生の時、森保さん(現日本代表監督)をはじめ、サンフレッチェ広島の選手にイベントで声をかけてもらった。『君はプロになれる。頑張れ』と言われた。それが夢を持つきっかけになりました。この中から、1人でも多くのプロ選手が出てくれたらうれしいです」。伝える立場になり、子供たちの夢を膨らませていた。

 浦和GK西川周作は2010年から4シーズンJ1広島で活躍した。「広島の皆さんには4年間お世話になりました。(佐藤寿人から)声をかけてもらった時はうれしかったです」。守護神は笑顔で振り返ったが、シュート練習でゴールマウスを守った時だけは真剣な表情だった。至近距離からのシュートを手で足で体で防ぎまくった。抜群の反応を見せ、30本以上ストップした。1度だけゴールネットを揺らされた時は本気で悔しがっていた。「いいプレーを見せようと心がけました。素晴らしいプレーを見せることで、マネをしたいとか、プロ選手になりたいとか思ってくれたらなと。シュート練習は(闘志に)火が付きましたね。みんなうまくてビックリしたけど、楽しかった」。西川も槙野と同じ思いでチャリティー教室に参加していた。

 浦和FW李忠成も同じである。2009年のシーズン途中から2011年まで在籍した。「広島は20代の青春を過ごした場所です。日本代表に選ばれたのもここでした。アジア杯で優勝した時もここでした。海外に出たのもここからでした(2012年1月、サウサンプトンに移籍)」。懐かしい記憶と共に感謝の気持ちがわき出てくる。「自分たちがサッカーを通して、元気と希望を与えられたらいいですよね。プロ選手と一緒にプレーしたことは、夢をさらに強く持つことにつながると思う」。そう笑顔で話していた。

 浦和DF森脇良太は広島・福山市の出身で、広島の下部組織からトップに昇格した。13日に地元に戻り、お世話になった恩師ら関係者にあいさつした。この日は、自宅でサインを書いてきたという自身の選手カード100枚ほど持参し、ちびっ子に配っていた。「災害が起こった時は、何かしたかったけど、なかなかできずにもどかしい思いを感じていました。橋本さん、寿人さんが、こういう活動をやっていて、声をかけてもらって、ありがたかったです。広島でやる意味は大きい。また、違う所でももやりたいですね。皆、サッカーをやっている時はいろんな事を忘れて、元気にボールを追いかけていた。点を取れば喜び、点を入れられたら悔しがり。素晴らしい時間を共有させてもらいました」。サービス精神旺盛な森脇らしく、参加者のなかで最も大きな声でちびっ子と楽しんでいた。

 第1回は成功に終わった。それでも、佐藤寿人は「まだまだ良くしていかないといけないです」と改善を模索し、支援活動の継続を約束する。「今日を迎えるまで色んな準備をしてきました。多くの方に協力してもらいました。広島にゆかりのある選手が集まってくれました。子供たちの笑顔を見たかった。今日、笑顔で家にかえってくれたと思います。継続して行くことが大事。広げて行くことが大事だと思います」。16日に福山市でも開催され、来年につなげられるという。

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