【ダバイ!西野Jサポーター】〈8〉わんぱく槙野を両親が語る…腕骨折しても徒競走ぶっちぎり1位

2018年6月24日10時0分  スポーツ報知
  • 1歳の誕生日を1か月後に控えた槙野(左から2人目)と母・令子さん(左)、長男・伸一さん(右)、次男・哲人さん(右から2人目)

 第8回はDF槙野智章(31)=浦和=。父・成伸(しげのぶ)さん(61)と母・令子さん(59)が初めてW杯メンバー入りした三男の素顔を語った。(取材・構成 羽田 智之)

 父「智章は生まれた時、大きかったです。3800グラムありました」

 母「成長も早かったです。9か月ぐらいで歩いていました」

 父「3人兄弟の中でも一番わんぱくでしたね。小学校の時は心配しました。1年生の運動会で前々日ぐらいに腕を骨折して、それでも徒競走に出た。ぶっちぎりの1位だったから足は速かったです。2年生の時は自転車に乗っていてタクシーにひかれた。交差点でぶつかって、飛ばされてボンネットの上に乗ったみたいですよ」

 母「近所の方がたまたま見ていて、タクシーの方が『救急車呼びましょうか』と言ったみたいですけど、本人は『大丈夫、大丈夫』って。無傷で帰ってきました」

 父「サッカーは兄がやってたから始めたと思います。保育園の時、Jリーグがスタートしていて。よくボール蹴っていました。野球もやっていました」

 母「身長は低かったです。小学校卒業の時は152センチぐらい。中学2年生の時に20センチぐらい伸びたんですよ。牛乳飲ませて。毎日1リットルぐらい飲みよったです」

 父「怒ったりもしましたけど(育て方は)放任でした」

 母「私もずっと働いていますから、それぞれ兄弟に分担させていた。洗濯物入れるとか、お風呂沸かすとか。それをやって、サッカーなら必ずレギュラーを取りなさいって言っていました。智章は小学校、中学校のこと、すべて話してくれた。いじめられている子がいるとかまで。だったら助けてあげなさいと言って、助けていました。今でもマメに連絡をくれます。代表メンバーに入る、入らないとか。これから海外遠征に出発するとか。昔はメールで、今は家族LINEがあるんです」

 父「悔しかった時、落ち込んだ時は、メールが少なくなったね」

 母「ケルンにいた時は悔しい思いをしていました。新しい監督が来て、お前はアジア人だから使わない、100個のボールにサインしておけと言われたとか。オレ、何しに(ドイツに)来たんだろって。頑張れと言うしかなかったです」

 父「たくましくなったと思います。いい指導者の方に恵まれました。感謝しています」

 母「ロシアW杯は最後のチャンスと思っているかもしれないです。日本のために頑張ってほしいです」

日本代表
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