クロアチア、モドリッチに率いられ予選敗退崖っぷちからの準優勝

2018年7月16日2時15分  スポーツ報知
  • 初優勝を果たせずがっくりするクロアチアのモドリッチら(カメラ・竜田 卓)
  • バランスを崩されながら突進するクロアチアのモドリッチ(カメラ・竜田 卓)

 ◆W杯ロシア大会▽決勝 フランス4―2クロアチア(15日、モスクワ)

 クロアチアは決勝戦でフランスに2―4で敗れ、初優勝は逃したものの、史上最高成績となる準優勝で大会を終えた。

 決勝トーナメント1回戦から3戦連続で延長戦を戦ってきた。日程でも1日の不利があった。前半18分にはFWマンジュキッチの不運なオウンゴール。決勝トーナメント全戦で先制点を許すことになった。それでも今大会を勝ち上がってきた技術と運動量のサッカーで主導権を握り、0―2の前半28分にMFペリシッチが意地のミドル弾を突き刺す。1―4の後半24分には、オウンゴールで先制点を献上したFWマンジュキッチが相手バックパスを追いかけ、相手GKのキックをひっかけて1点を返す執念を見せた。アディショナルタイム5分の後に敗戦を告げるホイッスルが響いたが、すべてを出し切ったのか、泣き崩れるような選手はいなかった。

 クロアチア史上初の舞台へたどり着く原動力となった背番号10のモドリッチは、ゴールデンボール(MVP)を受賞した。イレブンの中でひときわ小さい172センチの闘将は旧ユーゴスラビアの小さな村の生まれ。クロアチア紛争で故郷は戦場となり、祖父はセルビア軍に殺害。難民が暮らすホテルに家族で身を寄せた。幼いモドリッチは当時の駐車場でボールを蹴っていた。体格に恵まれず志望クラブの入団テストに不合格。03年、自国の名門クラブ・Dザグレブでプロデビューしてもレンタル移籍が続いた。05年、クゼ監督(元G大阪・千葉)の下、Dザグレブでの活躍が認められてトットナムに移籍。Rマドリード入りにつながった。レアルではスター軍団に物おじせずガンガン指示を飛ばすキャプテンシーを発揮している。

 9か月前、クロアチアが決勝の舞台に立っていると想像できた人はいなかったはずだ。欧州予選第7節でフィンランドと引き分けて、グループ首位から転落。チャチッチ監督は解任された。最終戦はアウェーでウクライナ戦。負ければ敗退というところまで追い込まれていたところでダリッチ監督が就任する。ウクライナ戦の前日のことだった。

 「キックオフ前、彼はぼくらをロッカールームに座らせ、自分たちを信じること、自信を取り戻すように話を始めた。チームの危機なのに、僕らはいい選手なんだ、と。僕らにはそれが大きかった」とモドリッチは振り返った。試合は2―0で勝利。グループ2位でプレーオフ出場権をもぎ取ると、ギリシャを1勝1分けで破ってロシアへの切符を手にした。

 崖っぷちからのW杯本戦出場。準決勝まで全試合で先制されながら追いつき、延長戦を走り抜き、たどりついたファイナル。人口わずか400万人あまりの小国は世界最大のスポーツの祭典で、堂々たる主役を演じた。

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