村田諒太、現役続行を表明「あのボクシングで終えたくない」本格始動 王座返り咲きへ

スポーツ報知
現役続行を発表した村田諒太は気合の表情でサンドバッグを打つ(カメラ・清水 武)

 プロボクシングの前WBA世界ミドル級王者・村田諒太(32)=帝拳=が4日、都内で会見し、現役続行することを表明した。

 10月20日に米ラスベガスで行われた2度目の防衛戦で、指名挑戦者の同級3位ロブ・ブラント(28)=米国=に0―3の判定負け。プロ2敗目で王座陥落した直後は、ほぼ引退を決めていたが、ボクサー人生の集大成にはできないとして再起を決断した。日本人初の偉業を打ち立ててきた村田が、再び世界王者を目指して拳を振る。

 自問自答を繰り返す日々を終えた。村田は帰国後に敗北の試合映像を見るにつれ、進むべき道がはっきり浮かんだ。「自分が人生を振り返った時に、あの試合が、あのボクシングが集大成でいいのかと思うと、あのボクシングで終えたくない」。気持ちは現役続行へと傾き、腹をくくったのは約2週間前。王座陥落から45日のこの日、テレビカメラ10数台、報道陣、関係者約120人の前で会見し、再起への思いを語った。

 10月20日。中学時代から夢に見た本場・ラスベガスのリングで王座を手放した。「終わった瞬間は、やめようという気持ちが大きかった。98%くらい、ほぼやめようと」。多くのスポンサーがつき、一存で決められない。進退を保留して同23日に帰国。家族、陣営らと相談した。

 父・誠二さん、妻・佳子さんに、体への負担を心配された。長男・晴道君(7)の「もう一回負けたらやめていいからね」という“上から目線”の言葉に腫れた顔がほころんだ。「あれが最後でよかったのか」。徐々に迷いが生まれた。「このままボクシングを終われない」。悔しさがこみ上げた。「自分への感情は永遠に続く(残る)。自分に永遠にうそをつくことはできない」。やり切ったと言うために、リングに立つことを選んだ。

 この日から本格的に始動。「もっとよくなれる。前回以上のパフォーマンスを出さないとリングに立つ意味がない」。スピード、手数を重視したブラントと距離を詰めたが、追撃の一発が当てられなかった。今後のスタイルは「ベースを変える必要はない」とガードを固めて圧力をかける戦術が基本。距離を見極め、足の使い方など、強打を当てるための道筋に課題を置く。再び挑戦者として帝拳ジムで汗を流す生活が始まった。

 世界戦までの道のりは白紙。ブラントとの再戦、階級も「固執はしない」とし、ミドル級からスーパーミドル級への転向も視野に入れる。来年1月に33歳と若くはない。五輪金メダルから世界王者。数々の日本人初の偉業を成し遂げてきた。誰も歩めなかったボクサー人生のゴールは自分で決める。「こいつに試合を組んでやろうというパフォーマンスを見せないと。まずはそこから。気持ちを作り直して、もう一度世界の舞台に立てるボクサーになりたい」。王座返り咲きへ、自らの手で再スタートのゴングを鳴らした。(浜田 洋平)

 ◆村田 諒太(むらた・りょうた)1986年1月12日、奈良市生まれ。32歳。中学1年でボクシングを始め、南京都高(現・京都広学館高)で高校5冠。東洋大、同大学職員時代に全日本選手権優勝5回。2011年世界選手権で日本勢史上最高の銀メダル。12年ロンドン五輪ミドル級で日本勢48年ぶりの金メダル。13年8月にプロデビューし、17年10月にWBA王座奪取。18年4月にミドル級では日本勢初の防衛成功。同年10月のV2戦で王座陥落。身長183センチの右ボクサーファイター。家族は妻と1男1女。

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