•  スポーツ報知のWebサイト限定コラムがスタートしました。最前線で取材する記者が、紙面では書き切れなかった裏話や、今話題となっている旬な出来事を深く掘り下げてお届けします。皆さんを「ほーっ!」とうならせるようなコラムを目指して日々配信しますので、どうぞお楽しみください。

箱根駅伝ビリランナーだった記者が語る、その苦闘と願い

2018年1月1日10時0分  スポーツ報知
  • 17年の往路、涙ながらに最下位でゴールする国士舘大5区・藤江千紘

 先手必勝。先行策が駅伝における「勝利の方程式」だ。トップランナーはレースの流れに乗り、様々なアドバンテージを得る。特に箱根駅伝では、先頭ランナーは第1中継車が風よけになり、向かい風では有利と言われている。

 対照的に最下位を走るランナーは、ひとつの“ハンデ”を背負う。

 「ただ今、最後のランナーが通過しました。応援、ありがとうございました」

 最下位選手の後方約30メートルを走る最後尾広報車は同じアナウンスを繰り返す。沿道のファンが聞くのは1度限りだが、ビリのランナーは延々と聞きながら走るのだ。

 1991年、東洋大3年生だった私は3区を走った。戸塚中継所でビリでタスキをもらい、平塚中継所でビリでタスキを渡した。約10秒ごとに繰り返されるアナウンス。区間14位のブレーキで1時間10分28秒も要したので単純計算で423回、聞いたことになる。その後、2~3か月、脳内でリフレインされた。今も夢に出てくることがある。

 ビリを走ることは、そのチームと、その選手に100%の原因があり、文句を言ってはいけない。むしろ、最下位選手まで手厚くフォローしてくれることに感謝すべき。しかし、ビリという厳しい現実を繰り返し突きつけられ、心が折れそうになることも事実だ。

 前回は国士舘大が3区途中からオープン参加の関東学生連合を含め最下位を走り続けた。5区を走った藤江千紘(現3年)は言う。「最初は緊張していたから分からなかったけど、5キロくらいで『このアナウンスをずっと聞き続けるのか…』と気がついた。集中力が切れそうになりました」。その気持ち、よく分かる。

 同時に今、思うことがある。

 この原稿を書きながら、27年前の情景を思い出すと、アナウンスと同等の音量の声援が聞こえてくる。ビリのランナーに対しても大きな声援が確かにあった。箱根駅伝の「熱」を改めて実感する。

 今回も必ず誰かがビリランナーになる。その彼に最後尾広報車のアナウンスより大きな音量の声援を―。そう願っている。(記者コラム 箱根駅伝担当・竹内 達朗)

箱根駅伝
コラム
今日のスポーツ報知(東京版)