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山の神の背中を追って11年、限界に挑む選手の生きざまを伝えたい

2018年1月2日6時0分  スポーツ報知
  • 06年の第82回大会、元祖山の神・順大の今井正人の力走を伝えるスポーツ報知

 箱根駅伝が近づき、緊張が高まっているのは選手やスタッフだけではない。本紙の記者も同様だ。今年から取材記者となった順大の元主務・太田涼(26)が新コラム「駅ペン」で箱根路への思いを明かす。

 「山の神、ここに降臨! その名は、今井正人!」

 07年1月2日。中学3年生だった私は、家のテレビにかじりついていた。鳥肌が立った。興奮冷めやらぬままジャージーに着替え、降りしきる雪の中、家を飛び出した。その日からずっと、目標は初代「山の神」の今井さんだった。青いユニホーム、白地に赤いラインのタスキ、刺しゅうはゴールドの5文字「順天堂大学」。故郷・福島の英雄に少しでも近づきたかった。

 翌年の福島県選抜夏合宿。20キロ続く上り坂を、集団を置き去りにして1人の先輩がグイグイ駆け上がっていた。エンジンが違う。追いつけない。当時無名だったその選手は、後に東洋大に進学して4年連続5区区間賞。2代目「山の神」を襲名する柏原竜二さんの遠くなっていく背中が、たまらなく悔しかった。

 「3代目は、自分が―」。憧れを現実に変えるべく、10年に順大へ進学した。毎日の朝練では大学前の通称“桜坂”を、5区をイメージしながら走り込んだ。全国級の猛者たちとの練習を続け、1万メートルの自己記録を半年で2分30秒更新。だが、3年生からはマネジャーを選出する通例があり、進級時に持ちタイム最下位だった私が転向するほかなかった。マネジャーでの2年間は運転免許を取得して大会の送迎を行い、合宿のたびに宿舎や移動の手配をした。4年時、最後の箱根路は16位でシードを失ったが、最後まで頂点を目指せたのは、いつも目の前に今井さんの背中が見えるような気がしていたからだ。

 「まだ、上り坂の途中だ。ほら、ついてこい―」

 箱根山中を白い息を吐きながら走る姿に、何度も勇気をもらった。今度は自分の番だ。限界に挑む選手の生きざまを、少しでも多くの人に届けたい。(太田 涼)

 ◆太田 涼(おおた・りょう)1991年7月8日、福島市生まれ。26歳。2010年に順大入学。1年生で1万メートル31分1秒を記録。3年から長距離・駅伝マネジャー。14年に報知新聞社入社、レイアウト担当を経て18年から取材記者として箱根駅伝担当。フルマラソン自己記録はロサンゼルスでの2時間33分41秒。

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