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IWGP35周年!開幕カードはホーガンVSカーンだった…金曜8時のプロレスコラム

2018年6月1日8時0分  スポーツ報知
  • キラー・カーン(左)とハルク・ホーガン(2014年7月、居酒屋カンちゃんで撮影)

 東京ディズニーランド(TDL)が開園35周年イベントで盛り上がっている。TDLが開園した1983年は、プロレス界空前のイベント、第1回IWGP(インターナショナル・レスリング・グランプリ)が開催された年だった。プロレスファンにとってはTDLよりもIWGPが夢と魔法のワンダーランドだった。

 優勝戦はあの有名な猪木“舌出し事件”。6月2日のことだった。ハルク・ホーガンがアントニオ猪木をアックスボンバーで“失神”KOし、IWGPのベルトを腰に巻いた。

 翌6月3日付の報知新聞をひもといてみた。当時はプロレスを扱っていなかった報知新聞だが、この日ばかりは、その報道があった。一般スポーツ面の5面の下の方に「A猪木、救急車で入院 試合中に失神」との見出しがついている。

 冒頭を引用してみる。「2日夜、東京の蔵前国技館での新日本プロレスのIWGP(インターナショナル・レスリング・グランプリ)優勝戦で、アントニオ猪木選手(40)=本名、猪木寛至=が試合中、相手選手にひじ打ちされ、脳震とうを起こして倒れ、救急車で病院に運ばれるという騒ぎがあった。関係者の話を総合すると…」

 そこから“事故”の経過と描写、病院での様子が書かれてあるわけだが、「関係者の話を総合すると」とあることから、事故当時、現場に記者がいなかったことがわかる。事後にあわてて取材して、記事を成立させているのだ。

 プロレス報道というよりも、猪木が入院した社会ネタとして取り上げている。相手が「米国のハルク・ホーガン選手」で「ひじ打ち」が「アックスボンバー」であることは、かろうじで書かれてあるものの、試合結果や優勝者についての記述はない。それでも、プロレスを扱わない当時の報知新聞にIWGPの正式名称を露出させる結果となった。

 第1回IWGPの出場者は、豪華だった。主催した新日本プロレスのエース・アントニオ猪木を中心に、米WWF(現WWE)のスーパースター、ハルク・ホーガン、アンドレ・ザ・ジャイアント、ビッグ・ジョン・スタッド、キラー・カーン(日本代表)、メキシコUWAからエル・カネック、エンリケ・ベラ、欧州CWAからオットー・ワンツ、英国遠征でヨーロッパ・ヘビー級王者になっていた前田明(現・日明)、そして欠場したディノ・ブラボーの代役として出場した元国際プロレスのエース、ラッシャー木村。

 10選手総当たりのリーグ戦で同点首位だった猪木とホーガンが優勝戦を戦ったのだった。

 当時の報知新聞が報じることがなかった開幕戦は5月6日の福岡スポーツセンター大会で、この日の公式戦はホーガンVSカーン、猪木VSアンドレだった。猪木戦がメインイベントだから、記念すべき決勝リーグ公式戦開幕第1戦は、ニューヨークでもメインを張れるホーガンVSカーンだった。

 テレビ朝日系で金曜夜8時のゴールデン枠で生中継されている。皮肉にもメインの猪木戦は放送時間が足りず“尻切れ”だったのも懐かしい(結果はCM明けの提供社紹介枠でフォロー)。開幕戦でホーガンは、アックスボンバーをカーンに放ち、ピンフォール勝ちして、優勝戦へのデモンストレーションを果たしていた。

 現在、東京・新宿区で「居酒屋カンちゃん」(JR新大久保駅近く)を営むカーンは「ホーガンはうちの店にも来てくれたし、いまだに友情がありますよ。その前の年のアンドレとの決勝も蔵前で盛り上がりました。アンドレは亡くなったけど、店に来たがってたんだよ」と懐かしむ。IWGPリーグの前身であるMSG(マジソン・スクエア・ガーデン)リーグ戦では1982年の第5回大会決勝で、カーンはアンドレと激闘を繰り広げ惜敗した。第1回IWGP優勝戦のセミ前にも、アンドレVSカーンの特別試合が組まれた。

 ホーガンは後にWWF世界ヘビー級王者として、全世界のスーパースターになるわけだが、王者として来日した際にはリップサービスながら「本当に偉大なのはIWGPのベルトなんだ。WWFのベルトなんかクリスマスツリーに飾るおもちゃにすぎない」などと英語でまくしたてているのを聞いた。

 35年前から始まったIWGPの歴史。5年にわたるグランプリ大会を経てタイトル化し、第5回大会(1987年)覇者の猪木が初代王者に認定され、現在に至る。第65代の現王者、オカダ・カズチカは歴代最多の12回防衛を達成している。歴代王者にも防衛戦の歴史にもホーガン、アンドレ、カーンの名前は出てこないが、あの黎明期の興奮を忘れないでおきたい。(酒井 隆之)

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