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楽しくて、やがて悲しきベテラン覆面レスラーの引退セレモニー

2018年6月20日11時0分  スポーツ報知
  • 19日の引退セレモニーで40年間のリング生活に別れを告げたスーパー・ストロング・マシン
  • スーパー・ストロング・マシンの引退記念試合でマスクを被って登場した5人のレスラー

 笑いあり、涙あり。そして胸に広がる寂しさ―。日本中が西野ジャパンのコロンビア撃破に沸いた19日の夜、格闘技の聖地、東京・後楽園ホールで1人のベテランレスラーがひっそりとリングに別れを告げた。

 身長183センチ、体重115キロ。パワフルなヘビー級覆面レスラーとして新日本プロレス・マットを40年に渡って盛り上げてきたスーパー・ストロング・マシンがこの夜、引退セレモニーに臨んだ。

 1978年5月の新日入門以来、40年の間に両目、両ヒザ、脊柱管など6回の手術を経験。14年からは体調不良のため、リングに上がれないほどボロボロになった体をグレーのスーツに包んで、この夜、1569人のファンの前に現れた。

 悪役マネジャー役で人気だった将軍KYワカマツ氏(76)も一夜限りの復活。白い衣装に赤いメガホンを持って、罵詈(ばり)雑言の限りを尽くした。肝心のマシンはリングサイドに置いたイスに座っての参加となったが、新日はメインイベントで去りゆく大ベテランに最高の“おもてなし”をして見せた。

 SSマシン・NO69(田口隆祐か?)、SSマシン・ドン(中西学か?)、SSマシン・ジャスティス(永田裕志か?)、SSマシン・バッファロー(天山広吉か?)、SSマシン・エース(棚橋弘至か?)という新日道場でコーチ役を務めたマシンの薫陶を受けた5人の後輩レスラーたち(かな?)が、そろって5色のコスチュームにマスクを被って登場。当代一の人気を誇る内藤哲也(35)率いる「ロス・インゴベルナブレス・デ・ハポン」軍と戦った。

 まるで「ゴレンジャー」のようなそろいのマスクにタイツのマスクマンたちは5人全員でブレンバスターを見せるなど、その息の合ったファイトで観客の爆笑を誘い、大きな拍手を集めた。リングサイドのイスに座って見守っていたマシンも最後にはエキサイト。立ち上がって場外で内藤にラリアットを決めるシーンまであった。

 試合後のセレモニーにはヒロ斎藤(57)、垣原賢人(46)、柴田勝頼(38)、14年に引退した井上亘(44)らゆかりのレスラーが次々と花束を持って登場。1人1人にマシンは「ありがとう」と頭を下げた。中でも悪性リンパ腫と戦っている垣原がすっかりスリムになった体をスーツに包み、Uインターのテーマとともに入場してきた瞬間、私も思わず目頭が熱くなった。

 そして、満場の「マシン」コールの中、マイクを握ったベテラン・マスクマンは「私のプロレス人生に全く悔いはありません。やり切ったという感じです」と声を震わせて叫んだ。

 そして、観客も全員立ち上がっての引退テンカウント・ゴングの後に最大のドラマが待っていた。

 「すみません。もう一つだけ大事な人への感謝の言葉をこの場をお借りして言わせて下さい」と切り出したマシン。「1月25日午前7時15分、28年間連れ添った、わが妻・マサミがガンのため、天国へ旅立ちました」と明かすと、「マサミ~、ありがとう!」と最後に天に向かって叫んだ。

 バックステージに引き上げてからも「引退を決意した一つの理由に妻の死がありました。(新日との)契約が終わる6日前のことでした。ダブルショックで、そのためにも第二の人生をと、きっちり決断しました」と静かな口調で話すと、「マシンは今日で消えます。ありがとうございました」。頭を深々と下げ、40年のリング生活に別れを告げた。

 85年に藤波辰爾(64)に「平田だろ! おまえ」と正体をばらすマイクアピールをされ、94年には蝶野正洋(54)と試合中に仲間割れして、マスクを脱ぎ、「しょっぱい試合ですみません」とマイクを握ってファンに謝罪するなど、ネタにされることも多かった名物レスラーは、この日、バックステージに詰めかけた約30人の取材陣の前でもマスクを脱がず、最後の最後まで素顔を見せなかった。

 「小5の時からずっとプロレスのことだけ考えてきて、プロレス以外のことは考えられないんです。まずは体のコンディションを整えてから第二の人生を考えます」と、マスクごしのくぐもった声で淡々と話したスーパー・ストロング・マシン。

 最後まであっぱれで、ちょっと涙の味がする、その40年間のマスクマン人生。私は、ちょっと寂しそうに見える大きな背中に心からの拍手を送った。(記者コラム・中村 健吾)

 ◆スーパー・ストロング・マシン 柔道に打ち込み、1978年5月に新日本プロレス入門。78年8月26日、長野大会での藤原喜明戦でデビュー。82年、メキシコ遠征へ。83年、カナダ・カルガリーに転戦。84年8月、覆面レスラー・ストロング・マシンとなり、マシン軍団に。軍団脱退後、スーパー・ストロング・マシンとなり、85年、カルガリー・ハリケーンズを結成。ジャパン・プロレスを経て、全日本プロレス参戦。87年に新日に復帰。烈風隊からレイジング・スタッフに加入。00年代も覆面ヘビー級レスラーとして活躍も目、両ヒザなど6度の手術を重ね、14年4月以降、試合出場は無し。今年4月に引退を発表。183センチ、115キロ。

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