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棚橋弘至、復活の夏が来た!…みんなが待っていたエースの帰還

2018年8月11日11時0分  スポーツ報知
  • 10日のG1クライマックスBブロック最終戦で優勝決定戦進出を決め、笑顔を見せる棚橋弘至

 猛暑の東京・日本武道館で新日本プロレスが誇る「太陽の天才児」が完全復活の時を迎えようとしている。

 10日、東京・日本武道館で15年ぶりに開催された新日の大型大会。真夏のシングル総当たり戦「G1クライマックス28」のメーンイベントのリングでは、業界トップを走る人気団体を牽引する新旧エースが対峙(たいじ)していた。

 この10年間の新日をいい時も悪い時も支え続けて来た「100年に1人の逸材」棚橋弘至(41)と、2011年に米国から凱旋(がいせん)帰国するや新日にカネの雨を降らせる「レインメーカー」としてプロレス界一の人気者となったオカダ・カズチカ(30)。新日最大のドル箱カードが、Aブロック最終戦で実現したのだ。

 5月4日、福岡国際センターで行われた「レスリングどんたく2018」大会では34分36秒の激闘の末、オカダに敗れ、3年3か月ぶりの王座復帰を逃していた棚橋。3か月後に迎えたリベンジのチャンスに序盤から猛攻を仕掛けた。

 強烈なエルボーをオカダの首に打ち込むと、得意のエアギターポーズを決める。さらにドラゴンスクリュー連発にテキサスクローバーホールドと攻め立てる。最後はハイフライフローで試合を決めにいったところをオカダに下からのドロップキックを放たれ、一気に劣勢に。ローリング式のレインメーカーを食らう場面もあったが、スモールパッケージホールドで対抗。オカダの渾身のレインメーカーも張り手で封じ、横たわった背中にハイフライフローを放ったところで、あっという間に30分が経過。時間切れ引き分けとなった。

 ここまで7勝で勝ち点14としていた棚橋が、さらに1点を積み上げ、ブロック単独トップ。勝ち点13のオカダを上回り、12日のBブロック勝者との優勝決定戦に臨むことになった。

 満場の「タナハシ」コールに応え、何度も両拳を突き上げ、喜びを表現した新日のエース。マイクを握ると、「最後まで応援ありがとうございました。でも、まだAブロックを突破しただけなんで」と控えめなコメント。続けて、「一言だけ言わせて下さい。ちょっくら優勝してきます!」と堂々、優勝宣言した。

 バックステージでは一転、取材陣の前で思わず座り込むと、「フーッ」と大きく息を吐き出し、1分以上に渡って沈黙。やっと、「G1に17回出てきて、今までの中で充実感が一番です」と切り出すと、「5月のどんたくと変わってないようだったら、何のために練習してきたのかって所だったけど…。でも、今日は、いや、今シリーズは心と体と技がそろいました。とにかく必死でした」と続けた。

 「ケガで苦しんで、年に何回も欠場して…。棚橋、もう無理しなくていいよって言われて、気持ちばかりが焦って。でも、そんな体でも、俺のために一生懸命動こうとしてくれて」と言うと、右ヒザを2回、ポンポンと叩いた。

 さらに「1回、この体を受け入れて、できる技で、できる戦略で、今の棚橋弘至として戦えばいいんだって。自分の思い描いている戦いができている充実感があります」と言い切った。

 そう、この「充実感」という言葉こそキーワードだ。

レスラーの職業病・右ひざ変形性関節症の悪化から今年に入って2回の故障欠場を繰り返してきた。それでも、右ヒザ故障の原因と言われるコーナーポストから天高く飛ぶ必殺技・ハイフライフローをなんの躊躇もなく繰り出し続けてきた。

 すべては「ゴー! エース」のコールとともに応援してくれるファンのため。しかし、本人がこの日、「もう無理しなくていいよって言われて…」と口にした通り、何よりも大切にするファンの声も、やや風向きが変わってきていた。

 今年1月末、「棚橋欠場」を報じる記事を「スポーツ報知」のweb記事としてアップした時のファンからのコメント100件以上のコピーが、ここにある。驚かされたのが、棚橋の早期復帰を望む内容が、ほぼゼロなことだった。

 「ここ数年は見ていても痛々しくなるくらい試合のクオリティーが落ちていた。ようやくDL(故障者リスト)入りできたということ。ゆっくりケガを治して!」

 「右ひざ変形性関節症は本来、高齢者に多いケガ。長年の酷使でヒザが悲鳴をあげているんだから、長期欠場を勧めます」

 「試合を見られないのは辛いけど、ファンは理解しているから。タナの復帰をじっくり待ってます」

 どうだろう。この切実な声の数々。ファンの誰もが元オーナーのアントニオ猪木氏(75)の推し進めた格闘技路線の失敗や積み重なった負債で経営難に陥った2000年代の新日を「エース」として支え続けたのが、誰かを知っている。

 オカダや内藤哲也(36)が台頭し、V字回復を遂げるまでの10年以上をメインイベンターとして支えてきたのが棚橋だ。あえて自分から「エース」と名乗り、始めは失笑を買った「愛してま~す」の決めぜりふも完全に浸透させた。

 立命館大に1日10時間以上の受験勉強の末、一般入試で合格した努力の人。一時はスポーツ新聞記者を目指していた「言葉の力」でバラエティーにも多数出演。休日を返上して地方のラジオ局やタウン誌まで回り、大会をプロモーション。睡眠4時間で広報マンとしての役割まで長年果たしてきた男の新日への、ファンへの熱い思いを知っているからこそ、今でも誰もが棚橋を「エース」と呼ぶ。

 私もこの2年間の新日取材の中、東京・後楽園ホールで、両国国技館で、棚橋の勝利後の儀式・エアギターと客席を回っての笑顔でのハグで多くの観客を包み込む唯一無二のグルーブ感を何度も体感してきた。そこには、この男しかファンに与えることができない「プロレスを見る幸せ」が、確かに存在している。

 時には自虐的に「僕は格好いいだけなんです。後は(レスラーとして)普通なんですね」と、つぶやくこともあった棚橋は、その聡明さゆえにトップレスラーとしての自分の時間が折り返しを迎えていることに確実に気づいている。

 10年以上、団体を引っ張ってきたトップアスリートが迎えつつある黄昏の時―。そこに一抹の寂しさを感じていたからこそ、例え引き分けでも、この日の棚橋の全力ファイトと、優勝決定戦進出という「結果」が、私にはうれしかった。

 「棚橋、ご苦労さんって、空気があったけど、俺の夢は、まだ続いているから!」と最後に吠えて、バックステージを後にした棚橋。そう、「新日の太陽」は簡単には沈まない―。それだけは確かだ。(記者コラム・中村 健吾)

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