•  スポーツ報知のWebサイト限定コラムがスタートしました。最前線で取材する記者が、紙面では書き切れなかった裏話や、今話題となっている旬な出来事を深く掘り下げてお届けします。皆さんを「ほーっ!」とうならせるようなコラムを目指して日々配信しますので、どうぞお楽しみください。

川内優輝を“独り占め”天国に一番近い島で見た素顔

2018年8月30日16時0分  スポーツ報知
  • 10年前にニューカレドニアを訪れた際にも立ち寄ったマクドナルドで記念撮影
  • ニューカレドニア・モービル国際マラソンでスタートから飛び出した川内優輝

 公務員ランナーの原点に触れた。26日に行われたニューカレドニア・モービル国際マラソン。招待選手として出場した川内優輝(31)=埼玉県庁=と天国に一番近い島で6日間、ともに過ごした。川内にとって10年ぶりに訪れたニューカレドニアは「だいぶ変わっていますね。食事をしたレストランはなくなってるし、ホテルの名前も変わってる」。到着早々、そんな細かいことまで覚えていることに驚いていると「当時の日誌を持ってきましたから」と得意げに語り出した。2008年、レース当日はユニホームにつけたナンバーカードがボロボロになるほどの大雨だったこと。日本人同士の対決となり、上り坂で突き放して優勝したこと。花束やケーキをもらったが、持ち帰れないからとホテルの清掃員にあげたこと。「初めてパスポートを取って、初めての海外レースで。ドーピング検査も初めてだし、朝7時スタートだって経験がなかった」。色々な“初めて”を経験した思い入れのある大会だった。

 学習院大3年時に日本学生ハーフで6位入賞。1、2位にニューカレドニアマラソン出場権が与えられるが、上位5人全員が各大学の夏合宿のために辞退し、川内まで権利が巡ってきた。「当時から旅行は好きでしたが、この大会に出て『海外レースってこんなに楽しいんだ』って思えたからこそ、今がある」。4月のボストンマラソン優勝の前に、再びの参戦を決めていた。

 レース2日前。コースを下見する様子を写真に収めようとすると「一緒に走りませんか?」と誘われた。私も箱根駅伝を目指して順大で長距離を専門としていた身。しかし、フルマラソンの自己記録は2時間33分41秒。日本代表クラスの選手と走ることに怖じ気づいていると「ゆっくりしか走りませんから大丈夫ですよ」と背中を押してくれた。意を決してランニングシューズとウェアに着替え、大会公式ホテル・シャトーロワイヤルをスタート。あれ、意外といける。いやいや、気を遣ってくれてるんだよ。自問自答しながら走っていると、「僕はどこの大学からも声がかからなかったんですよ」と走りながら昔話を聞かせてくれた。

 春日部東高時代の自己記録は5000メートル15分台。3年生になるとケガで結果を出せず、オープンキャンパスで「陸上は関係なく、雰囲気がいいな」と学習院大への進学を決めた。当初の目標は5000メートル14分台を出して、卒業までに日本学生対校陸上に出場すること。「進学を決めたときは周囲から『強豪校ではないけど、箱根は関東学連選抜(現・関東学生連合)があるんだから、走れるよ』と言われたことがありました。きっと本音ではなかったと思いますが」と振り返る。今でこそプロへと羽ばたこうとするエリートランナーだが、挫折と泥臭い積み重ねがあってはい上がってきたことを知った。

 学生時代の思い出話は続く。「3年間、マクドナルドでアルバイトしてたんですよ。チーズバーガーは28秒で作れます」。箱根駅伝常連校ならアルバイトはもちろん禁止。関東学生連合チーム入りを目指す選手であっても、バイトはするが時間にある程度融通がきく家庭教師などを行う場合がほとんどだ。「他にも結婚式場や中華料理店など色々やりましたね」。時間の制約が多いため、一日の練習は1回だけ行い、レースで負荷や距離を稼ぐスタイルも、学生時代に培われたものだった。

 ニューカレドニアでのコース下見の終盤は、ついて行くのが精いっぱい。正直、息が上がってからは相づちを打つのがやっとで、記憶も定かではない。それでも、途切れることなく様々な話を聞かせてもらえた貴重な時間だった。15キロを一緒に走ってホテルまで戻ったが「あと5キロくらい、見てきますね」。最後は軽やかに駆け抜けた背中を見送ることしかできなかった。

 レースは大会記録(2時間16分56秒)更新こそならなかったものの、2位に10分以上の差をつけて優勝。年間約250日が晴れという島だが、10年前も今回も雨を降らせた男は「来年こそ大会新。観光もしたいですし」。離島観光のためのボートは欠航、名物の水族館も休館日とレース以外でも悔しい思いをしただけに、リベンジを宣言した。私も次こそは、20キロを一緒に走破できるよう練習することを、ここに宣言します。(陸上長距離マラソン担当・太田 涼)

コラム
今日のスポーツ報知(東京版)