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IWGP、初代タイガーマスクを仕掛けた新間寿氏は本当に引退するのか…金曜8時のプロレスコラム

2018年9月21日8時0分  スポーツ報知
  • プロレス界からの引退を表明した新間寿氏

 新日本プロレスの昭和の黄金時代に、アントニオ猪木(現参院議員)の右腕として“過激な仕掛け人”と呼ばれたリアルジャパンプロレスの新間寿会長(83)がプロレス界から引退するという。

 新間氏が仕掛け人としてプロレス界に残した功績ははかりしれない。猪木とボクシング世界ヘビー級王者のムハマド・アリとの格闘技世界一決定戦(1976年6月26日・日本武道館)を実現させ、さらに梶原一騎原作のアニメ「タイガーマスク」を実際のリングでに登場させた(1981年4月23日・蔵前国技館で佐山サトルの初代タイガーマスクがデビュー)。

 そして現在も新日本プロレスの最高峰のタイトルとして歴史を刻む、IWGP(インターナショナル・レスリング・グランプリ)を創設した(1983年に第1回大会開催)。WWF(現WWE)の会長も務めたレジェンドである。

 最後のプロデュース興行と宣言した20日のリアルジャパンプロレス「新間寿プロデュース 初代タイガーマスク佐山サトル認定 原点回帰プロレス」(東京・後楽園ホール)で新間氏を直撃した。

 「本当にやめるんですか?」やや耳が遠くなったようで、聞き返されたが、張りのある声で「ただ老兵はさみしく消えゆくのみですよ」と笑みを浮かべながらはっきり言い切った。

 そして失礼ながら「何回目の引退ですか?」と聞いた。日本プロレス、東京プロレス、新日本プロレス、ユニバーサルプロレス(旧UWF)、世界格闘技連合…。プロレス団体ではないが、猪木氏と共闘したスポーツ平和党でも内紛の末、去っている。

 「何を言うんですか。自分から宣言するのは初めてですよ」そう言われてみれば、そうかもしれない。初代タイガーマスクの最初の引退から端を発した1983年の“真夏のクーデター”では専務取締役営業本部長を解任されたのだった。これが84年の旧UWF旗揚げへとつながった。

 88年の格闘技連合では大仁田厚を新生UWFの大阪大会に送り込み「大仁田さん、チケット持ってますか」と門前払いされた“事件”につながるなど、新間氏が仕掛けるネタは必ず話題になり、その後、フェードアウトしたり、猪木氏との決別は何度も宣言しているが、確かに引退は宣言していなかったかもしれない。

 「お互いに体調がよくない佐山とハワイに行こうという話になった時に、『今のプロレスは面白いか』と聞いた。『新間さんどうですか』と言うんで『まったく面白くないよ』と言った。踊るようなレスラーはいっぱいいるけど、観客を引きつけるプロレスラーらしいプロレスラーがいなくなった。まずリング上に人がいなくなった。そしてリング外を盛り上げる人も出てこない。83歳にもなって礼儀正しくおどおどしながら、リングに上がって『新日本にいた新間だ』と言ってももうダメですよ。みにくい姿を見せることなかれ」とこの日は、リングに上がってマイクを持つことはなかった。

 52年にわたるプロレス人生のピリオドは、11月に新日本プロレス時代に数々の思い出がある東京・京王プラザホテルでお別れ会を開くという。「あの昭和の新日本プロレス時代をともに語り合い、自分たちが好きだったアントニオ猪木、ジャイアント馬場、ストロング小林、長州力、藤波辰爾、タイガーマスクの試合(VTR)をともに見ながら…。そういう夢を毎年1回、命が続く限り続けていきたい…」名調子は不滅だ。

 この毎年開催するというパーティーで昭和のファンから熱望されることだろう。「後楽園ホールで興行をやってくださいよ」と。まだ50代前後の昭和のファンの熱気が消えるまで、“過激な仕掛け人”に引退はないような気がするが、どうだろうか。(酒井 隆之)

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