五十嵐カノア、日本勢史上初の銀メダル獲得「東京五輪まで金メダルはとっておきます」 

2018年9月20日6時0分  スポーツ報知
  • サーフィンのワールドゲームズで日本人初の銀メダルを獲得した五十嵐カノアのターン(カメラ・太田 涼)
  • 村上舜(右)と笑顔を見せる五十嵐(カメラ・太田 涼)
  • サーフィンのワールドゲームスで日本人初の銀メダルを獲得した五十嵐カノア(カメラ・太田 涼)

 ◆サーフィン ワールドゲームズ第5日(19日、愛知・田原市大石海岸沖)

 2020年東京五輪に新採用されるサーフィンの世界選手権に相当する大会で、男子は首位で決勝に進出した五十嵐カノア(20)が2位となり、日本勢史上初のメダルを獲得。2年後への“前哨戦”で手応えを得た。敗者復活10回戦を勝ち上がった村上舜(21)も4位に入るなど、波乗りジャパンは存在感を示した。

 「東京五輪まで金メダルはとっておきます」。五十嵐は見つめた海から目を離せなかった。25分間の決勝を終え、砂浜に戻ると「ショックというか、悔しくて」と歩みを止めた。終盤に大技を決めて勝ち上がってきたが、決勝は最後の5分間でほぼ波がなく、チャンスが巡ってこなかった。「面白い波が少なくて、やりたいことができなかった」と不完全燃焼だった。

 ただ、日本サーフィン界にとっては歴史的な大会となった。1964年から開催されている世界選手権相当のワールドゲームズ(WG)で日本勢は決勝に進出したこともなかったが、五十嵐は「調子は良かったので金メダルを取りにいった」と強気で攻めた。持ち技を少しずつ披露するとの宣言通り、ラウンドが進むにつれて、高難度の技で観客を魅了した。

 28年ぶりに日本で開催されたWGでの銀メダルを糧に東京五輪を目指す。「いい練習というか、どういうプレッシャーがかかるのか、経験できたのは大きい」。主戦場ワールド・チャンピオンシップツアー(WCT)とのジャッジや競技時間の違いも体感し、今後に生かすつもりだ。

 日本人の両親が「子供を世界に通用する人材に育てたい」と移住した米カリフォルニアで生まれた。3歳の頃、初めて海に入ってサーフィンを始めた。12歳で全米アマ王者となり、海外を転戦。人懐こい性格で「自然としゃべり始めちゃった」英語はもちろん、ポルトガル語やスペイン語、日本語、フランス語をあやつる。波乗りジャパンのエースは「世界も日本の強さを感じてくれたはず。2年後も2人で(決勝に)残れたら金メダルの確率は高まる」と東京での戦いに思いをはせた。(太田 涼)

 ◆五十嵐 カノア(いがらし・かのあ)1997年10月1日、米カリフォルニア州ハフィントンビーチ生まれ。20歳。3歳からサーフィンを始め、2009年に米アマチュア連盟の大会で史上最多年間30勝を挙げ、10年に全米アマ王者に。16年からWCT参戦。180センチ、75キロ。カノアはハワイの言葉で「自由」の意味。家族は両親と弟。

 ◆東京五輪のサーフィン出場枠 男女各20人でそれぞれ各国・地域最大2人。19年末の時点で、世界プロ連盟が主催する最高峰ツアー、ワールド・チャンピオンシップツアー上位の男子10人、女子8人が出場権獲得。残りは19、20年のワールドゲームズなどの成績で決まる。日本には男女各1人の開催国枠が与えられている。

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