【箱根への道】インフル欠場の東大・近藤が新たに描く夢 文武両道ランナーの「陸上論」(後編)

2018年1月17日15時10分  スポーツ報知
  • 回復し軽快に走る近藤

 神奈川・箱根町と隣接する函南町で生まれ育った近藤は、小学生時代から箱根駅伝を沿道で応援していた。陸上を始めた時からの夢舞台だが、今は箱根より高い山を見据えている。

 「18年の最大の目標はMGC(マラソングランドチャンピオンシップ、東京五輪代表選考会)出場権を獲得すること。次の東京マラソン(2月25日)一発で決めることは難しいが、12月の福岡国際や防府との合わせ技なら現実的な目標になる。8月の北海道マラソンの出場も検討してきたい」

 陸上を極めるため、深刻な問題と正面から向き合っている。今回の箱根駅伝では駒大7区の工藤が左足に力が入らない状態に陥り、蛇行するアクシデントが発生。長距離ランナーの間で「ぬけぬけ病」あるいは「抜ける」と呼ばれる症状がクローズアップされた。

 「実は僕も高校生のころから時折、左足が“抜ける”症状が出る。接地のタイミングが合わない。接地しようとする地面が実際の地面より1~2センチ上にあり、宙を蹴ってしまう感じ。接地という当たり前にできることができなくなる。工藤さんの走りを見て、自分のことのように苦しかった」

 近藤はランナーとして自身の評価が下がるリスクを恐れず“抜ける”症状をカミングアウトする。この問題に苦しむランナーのために、議論を広めたいという思いがあるからだ。

 「高校生の頃、パソコンで対処法を検索しても見つからなかった。この難しい問題の議論が深まればいいと思っています。僕自身、正確なメカニズムは分かりませんが、最近、自分なりの改善策を確立させています。言葉にすることは難しいですが、具体的に言うと、いい時のイメージを求めない。そうすると、悪いイメージも出てこない。腕振り、首や肩の位置、視線など上半身を意識し、走りを一から再構築する。昨年2月の東京マラソンの後も症状が出ましたが、5月の関東学生対校の前には改善された。今は前向きに考えています」

 インフルエンザは完治し、5日からジョギングを始めた。1区を走るはずだった2日から1週間後の9日には1000メートル5本のポイント練習も再開。

 「これまでも、うまくいかなったことは多かった。逆境になってからが真骨頂だと思っています」

 賢く、たくましい東大生は、今さら不運を嘆くことはしない。近藤秀一は、しなやかに走り続ける。

 ◆近藤激動の1年

 ▼昨年1月2、3日 関東学生連合チームに2年連続で登録されたが、2年連続で出番なし。連合は補欠を含めた登録が1回までの選手が対象のため、未出場のまま資格を失う。

 ▼2月26日 東京マラソンに初挑戦。日本学生歴代21位となる2時間14分13秒の好記録で27位と大健闘。

 ▼7月27日 連合の資格が未出場に変更され、選考対象として復活。

 ▼10月14日 箱根駅伝予選会20キロで個人20位。

 ▼同17日 連合に1番手で登録される。

 ▼11月18~19日 青学大の合宿に特別参加。原監督が「青学大の9区か10区を走ってほしい」と高評価。

 ▼25日 1万メートル記録挑戦会で29分13秒71の自己ベスト。予選会20キロと合わせた記録で連合トップとなり、出場メンバーに選ばれる。

 ▼12月21日 日本ハム入団の東大野球部・宮台康平(4年)と対談。激励を受ける。

 ▼29日 連合の1区に登録されるが、体調に異変。静岡・函南町の実家に帰る。

 ▼30日 インフルエンザ発症が判明。体温は40度まで上がり、出場を断念。

 ▼1月2、3日 箱根町と隣接した函南町の実家で箱根駅伝をテレビ観戦。

 ▼4日 完治し、都内のアパートに戻る。

 ▼5日 授業始まる。軽い練習を再開。

箱根駅伝
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