【箱根への道】1区のスペシャリスト、神奈川大・山藤篤司「自分らしく」…前エース鈴木の幻影吹っ切った

2018年12月27日12時0分  スポーツ報知
  • 神奈川大・山藤篤司
  • エントリーされたメンバーでランニングをする(1列目左から2人目が山藤篤司)
  • 神奈川大

 金栗四三杯を狙う“いだてん”候補は王者・青学大選手だけではない。大エース鈴木健吾(現富士通)の後を継いだ神奈川大・山藤篤司主将(4年)は1区のスペシャリスト。重圧を力に変えて、2年ぶりのシード権へロケットスタートを狙う。

 重責は捨てた。3年連続の1区が濃厚な山藤は「健吾さんの背中を追うのはやめました。目標ではあるけど、あくまで自分らしく」と本音を語る。前回の箱根路を終えてから「頑張りすぎた」という練習の虫は3月に右ひざを痛めて出遅れたが、駅伝シーズンが近づくにつれ復調しつつある。

 大エースの存在の大きさに気づいた。今春卒業した鈴木は3年時に2区区間賞を獲得するなど、学生長距離界を代表する選手だった。後継者としてプレッシャーは大きく「自分がやらなくちゃ、何とかしなきゃ」と気負うことが多かった。「こんな中であんな記録や勝負をしていたのかと思うと…」。力の差を痛感した。

 大後栄治監督(54)は山藤について「相当しんどかったと思います」と今季を振り返る。人生初の主将。エースの責任。関東インカレ2部2種目で入賞も鈴木の背中は遠いまま。「実績で及ばないなら、自分に何ができるだろう」と考える日々が続いた。

 走り以外で引っ張ろう、と吹っ切れたのはそんな時だった。プレッシャーに押しつぶされそうなまま出場した予選会で個人16位。不完全燃焼だったが、チームは3位で箱根切符を手にした。「落ち込んだというより、このチームには十分力があることに気づけた」。特別なことはいらない。練習では一番早くグラウンドに行き、全員とコミュニケーションを取って雰囲気づくりに努めると、自然とチームの状態は上向いた。

 鈴木とは卒業後も一緒に食事に行くなど親交が深い。最後の箱根路へ「根性だぞ」とアドバイスももらったという。「健吾さんは往路でテレビ解説をするので、ちゃんと(走って解説の)仕事を残しておかないといけないですから」。尊敬する先輩のためにも、プラウドブルーのタスキを真っ先に届ける。(太田 涼)

 ◆山藤 篤司(やまとう・あつし)1997年3月13日、愛知・一宮市生まれ。21歳。中学時代は野球部で二塁手。愛知高で陸上を本格的に始め、3年時の全国高校駅伝1区28位。自己記録は5000メートル13分46秒04、1万メートル28分25秒27。家族は両親と兄。158センチ、47キロ。

 ◆神奈川大 1948年創部。箱根駅伝は前身の横浜専門学校時代を含め、50回目の出場。97年に初優勝。98年に連覇を果たした。同シーズン(96、97年)には全日本大学駅伝も連覇し、黄金時代を築いた。出雲駅伝は最高2位(97、02年)。長距離部員は選手48人。タスキの色はプラウドブルー。主な陸上部OBは鈴木健吾(富士通)、設楽悠太のものまね芸人のポップライン萩原。

 ◆戦力分析 前回の経験者6人、特に単独走が求められる7~10区の4人が抜けた穴は大きい。大後監督は今季を「育成元年」に設定。挑戦よりも確実性を重視して1年間戦い、3年生を中心に戦力を底上げした。1区山藤、2区越川が濃厚。6区は前回9位の安田がおり、上積みが見込める。逆に12も順位を落とした“鬼門”5区、そして経験の少ない下級生を中心に復路を戦えるかどうかがポイント。関東インカレ3000メートル障害連覇の荻野、予選会チーム3位の多和田らがスピードを生かしつつ、チームカラーである堅実な走りを見せたい。

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