歴代最重量力士の大露羅が引退 北の湖前理事長の忘れ形見が土俵を去る

2018年9月21日12時38分  スポーツ報知
  • 樹龍を下して引退前最後の相撲を白星で飾っ大露羅
  • 来日と入門を伝える北の湖部屋新聞の記事

  ◆大相撲秋場所13日目(21日・両国国技館)

 体重292・6キロの歴代最重量力士が土俵に別れを告げる―。大相撲の西序二段12枚目で、ロシア出身の大露羅(35)=山響=が秋場所限りで引退することが21日、分かった。近日中に引退届けを日本相撲協会に提出。今後は母国ロシアに戻り、スポーツイベント関連の仕事に従事する意向だという。

 最後の土俵となったこの日は東三段目87枚目・樹龍(宮城野)を寄り切って今場所初勝利。1勝6敗で最後の場所を終えて19年間の力士人生に別れを告げた。8月27日の力士健康診断で292・6キロを記録。1年前に自身が元大関・小錦(現タレント)の285キロを上回る288キロで歴代最重量力士となり、今年は2年連続で重量記録を更新。「もっと行っていると思ったけどね。不思議だな、300キロを超えない」と残念がっていたが、前人未到の300キロ超えはかなわぬまま現役に別れを告げることになった。

 大露羅は1999年末に先代師匠の故・北の湖前理事長(元横綱)が知人を通じて勧誘した。翌年春場所で初土俵。しこ名は先代師匠と親交があったコメディアンのポール牧さん(故人)がオーロラにちなんで名づけた。先祖には体重400キロを超える“巨人伝説”も持ち合わせていた。来日時の体重は193キロ。北の湖部屋に来たその日にちゃんこ3杯をペロリ。後援者と出かけたすし店では250貫、焼き肉は50人前を平らげた大食漢。体が大きすぎて2席分を用意して新幹線に乗るという苦労もあった。

 現在では珍しくない外国出身力士の中でもロシア出身は初。最高位は東幕下43枚目(2011年九州場所)だったが、「体中がけがだらけだよ」と語り最近は序二段に番付を落としていた。関取昇進は果たせなかったが、並はずれた巨体とユーモアを交えた日本語の会話力でファンからは関取以上の人気を得ていた。

 昭和の大横綱・北の湖の忘れ形見だ。しこ名の下の名前は最初は「満(みつる)」で後に「敏(さとし)」へ。いずれも14年間に渡って付け人を務めた故・北の湖理事長の本名、「敏満」から一文字を“頂いた”もの。理事長時代は「オヤジが1人を寂しがるから」と毎日散歩に付き合い、新幹線で移動する際にはグリーン車の師匠に普通車に乗って同行した。

 同理事長が亡くなった際も病室で介護をしていたという。亡くなった後も、「オヤジはすごかった」が口癖で“憎たらしいほど強い”と言われた第55代横綱を家族以外では最もよく知る力士だった。41度目の優勝目前の横綱・白鵬には、ともに序二段時代の2001年秋場所10日目に浴びせ倒しで勝つなど大横綱に無敗で土俵を去ることになる。

 今後はロシアの知人を通じてスポーツ関係の仕事に就く予定。相撲界で培った人脈、そして大横綱から受け継いだ相撲道を武器に角界を飛び出した舞台で大暴れする。

 23日の部屋の千秋楽パーティーで断髪し、来月上旬に帰国するという。

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