FW大沢、男子に交じって丸刈りで走り続けた…高校時代指導した田中正靖監督奮闘たたえた

スポーツ報知

◆平昌五輪第10日 ▽アイスホッケー女子5~8位決定予備戦 日本2―1スウェーデン(18日、関東ホッケーセンター)

 平昌五輪アイスホッケー女子日本代表「スマイルジャパン」は18日、スウェーデンと順位決定戦を戦い、延長戦の末、2―1で勝利した。代表の中核を担うFW大沢ちほ主将やFW米山知奈=ともに道路建設ペリグリン=、DF鈴木世奈(いずれも26)=西武プリンセスラビッツ=らは苫小牧東高出身の同級生。高校時代に指導した田中正靖監督(60)はテレビ観戦し、教え子の奮闘をたたえた。次戦は20日、5、6位決定戦でスイスと対戦する。

 教え子の“晴れ姿”に心が温まった。1次リーグで敗れたスウェーデンに延長の末、劇的勝利を収め、雪辱した。熱戦をテレビで見守った田中さんは「世界で勝つのは大変。体格も違う。粘り強く、よく頑張った」とねぎらった。

 8年前。大沢らは、苫小牧東高で男子部員に交じって練習していた。男子30人に対し、女子は8人。当時、女子の高校生の試合はなく、試合に出場できないと分かっていたが、入部し、3年間男子と同じメニューをこなした。試合ではマネジャーとして部を支えた。田中さんは「すでに女子のトップだったが、男子とやればもっと上がいる。『男子に追い付け、追い越せ』という感じだったんじゃないかな」と振り返る。

 学校近くにある1周約900メートルの遊歩道を3分30秒に設定して6、7周走った。筋トレ、ダッシュも男子選手と同じ量を繰り返した。「女子はもう走らなくていい」と言っても走り続けた。高校での練習後は、社会人チームに合流し氷上練習。大沢らの、選手としての基盤は、この3年間で作り上げた。

 気の毒な記憶もある。大会前は氷上練習の時間が限られるうえ、当時は38人の大所帯。女子部員を入れると運動量が増えないため「大会前の練習は我慢してもらっていた」という。1枚の手紙が良い思い出だ。「男子とやりたくて(苫小牧東高に)来た。練習させてほしいと要求してごめんなさい」。A4の紙に、女子8人の感謝の気持ちがビッシリと書き込まれていた。「みんな、強い思いでやっていた。大沢は高校球児みたいな坊主頭。忘れられません」。誇らしい、自慢の教え子たちだ。

 田中さんは3月に定年退職を迎える。「すごく努力してきたことを知っている。勝ち負けよりも、とにかく力を出し切ってほしい」。残り1試合。完全燃焼し、勇退する恩師に少しでも良い結果を持ち帰るのも、一つの悲願だ。(宮崎 亮太)

 ◆田中 正靖(たなか・まさやす)1957年4月2日、苫小牧市生まれ。60歳。苫小牧南高では女子日本代表の山中武司監督を指導。苫小牧西高を経て、2006年4月から苫小牧東高で指揮を執る。08年には同校を全国高校総体準優勝へ導いた。

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