カー娘に「氷の神様が味方してくれた」そだねー「本当に勝ったんだ」史上初銅メダル

2018年2月25日6時0分  スポーツ報知
  • 銅メダルを獲得し、スタンドに手を振る(左から)吉田夕梨花、吉田知那美、藤沢五月、鈴木夕湖、本橋麻里(カメラ・相川 和寛)
  • 第1エンド、吉田夕梨花(中)とハイタッチする藤沢五月(左は鈴木夕湖)(カメラ・相川 和寛)
  • 銅メダルが決まり、抱き合って喜ぶ(左から)藤沢五月、吉田夕梨花、鈴木夕湖、吉田知那美(カメラ・相川 和寛)

 ◆平昌五輪第16日 ▽カーリング女子3位決定戦 日本5―3英国(24日、江陵カーリングセンター)

 女子の3位決定戦で日本代表「LS北見」は、1次リーグで敗れた英国を5―3で下し、日本初の銅メダルを獲得した。試合は、第9エンド(E)までお互いに1点を取り合う緊迫した展開。第9Eで不利な先攻ながらも1点を取り、4―3と初めてリードを奪うと、最終第10Eはまさかの相手スキップのミスショットで、勝利を告げる1点が追加された。快進撃を見せてきた5人娘が、日本カーリング界に新たな歴史を刻んだ。

 奇跡だった。4―3で迎えた最終第10E。不利な先攻で、藤沢のラストショットはミスになった。「何やってんだ」。自分を責めた。相手に大量得点のチャンスを渡し、逆転負けを覚悟した。だが、前回ソチ五輪銅メダリストの相手スキップ、ミュアヘッド(27)が放った最後の1投は、日本のストーン(石)をハウス(円)の中心に押した。まさかの1点が転がり込んだ。「氷の神様が味方してくれた」(吉田知)。そうとしか思えなかった。

 試合終了後、数秒して勝利に気付いた。「信じられない。本当に勝ったんだ」と藤沢。日本カーリング界初の五輪メダル。藤沢、吉田知、鈴木、吉田夕は氷上でぎゅっと抱き合い、控えの本橋の目にも喜びの涙が流れた。最後はコーチ席で見ていた本橋もリンクサイドに降り、全員で円陣を組み、泣いた。「ああいうとき、声が出ないんだな」と本橋は笑った。

 順風満帆ではなかった。本橋は10年に、五輪出場を果たしたチーム青森を離れ、地元の北見に新たにクラブチームを発足。「地域に根付いたチームを」という思いだった。ゼロからのスタート。温かかった地元の人に「勝てない」と言われ、空いた時間に着慣れないスーツでスポンサー探しに走り回った。そこに吉田夕と鈴木が加入した。初めは、小さな雑用も全て自分たちでこなし、コツコツ練習する日々だった。

 吉田知は14年ソチ五輪に出場するも、所属していた北海道銀行が、選手の大型化に動き戦力外通告を受けた。絶望の縁にいた吉田を救ってくれたのが本橋。「また代表目指そう」と誘ってくれ、妹の夕梨花も「心強い。(姉妹が同じチームで)親が楽になる(笑い)」と喜んだ。藤沢は、以前所属していた中部電力でソチ五輪を逃した。何も考えられなくなり、ふと地元に帰ったとき、本橋と食事をした。「私たちは次に進んでいるよ」と前向きな言葉で、心が動いた。「指示されているだけじゃダメだ」と、思い切って移籍した。今では「2段階以上成長させてくれた。みんなに感謝したい」と思う。判断は間違っていなかった。創設者の本橋は「後輩たちがすくすく育ってくれて、たくましい姿で戦ってくれた」と感謝した。今大会は裏方に徹し、出場機会がなかった本橋にもメダルは授与され、5人そろって日本に持ち帰る。

 「太陽のように明るい常呂っ子のチーム」で「LS(ロコ・ソラーレ)北見」。五輪11試合目にして、ようやく過去最高の笑顔が花咲いた。それでも本橋は「五輪がゴールではない」という。藤沢は「私たちらしい勝ち方だったけど、課題も見えた試合。伸びしろもあるって言えばポジティブかな?」。5人娘の物語に新たな1ページを記した。(小林 玲花)

 ◆選手たちに聞く

 吉田夕梨花「苦労してきたことが報われた大会でした。4年前はこうなると思わなかった。五輪が終わっても私たちのカーリング人生が終わったわけではない。今シーズンの目標はグランドスラム。まだパーフェクトなゲームをしていないし、目標に変わりはない」

 吉田知那美「五輪に来て、一番緊張しなかった。たくさんの人が見てくれている練習試合をしている気分だった。(銅メダルは)信じられない。家族にとっての宝物。(最終エンドで)相手にとってイージーなショットになってしまい、負けたと思った。味方してくれた氷の神様に感謝したい」

 藤沢五月「本当に勝ったんだ、と信じられなかった。やってきたことが間違いなかったと証明できてよかった。(日本が)着実にレベルが上がっているというのを、先輩方や応援してくれる人に見せられたのではないかと思う」

 鈴木夕湖「負けても勝っても、私たちらしい試合をしたかった。後味の悪い試合が続いていたので、いい形で終われて良かった。チームを信じて、いつも通りにやれたのが良かったのだと思う」

 本橋麻里「選手ゼロ、スポンサーゼロから始めたチーム。私の力不足もあった8年間でもあったが、カナダやスウェーデンのようなチームを作りたい、と思っていた。後輩たちがその通りにすくすく育ってたくましい姿で戦ってくれたのは感謝しかないです」

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