佐藤慧一、21歳で悲願初V 岡部孝信コーチ指導で素質が開花

2018年12月16日7時10分  スポーツ報知
  • 初優勝し、笑顔で喜びをかみ締める佐藤慧(カメラ・宮崎 亮太)

 ◆ノルディックスキー名寄ピヤシリジャンプ大会(15日、名寄市ピヤシリシャンツェ=HS100メートル、K点90メートル)

 男子は佐藤慧一(21)=雪印メグミルク=が235・5点で初優勝。98年長野五輪団体金メダリスト・岡部孝信コーチ(48)=スポーツ報知評論家=から指導を受ける高卒3年目の若手ジャンパーは、幼少期から憧れ続けた師匠のもと悲願の初タイトルを得て、目標のW杯出場へ勢いを加速させた。

 表彰台の頂点に立った佐藤慧の全身を、大きな喜びが包み込んだ。社会人3年目で初のタイトル。「雪印メグミルクは昔から憧れていたチーム。結果が出ないのは悔しくて、つらかったので、とてもうれしく思う」と目尻を下げた。

 試技で好感触をつかみ、臨んだ1回目。低い姿勢から素早く飛び出すと、緩い向かい風を捉え、最長不倒の94メートルをマークした。首位で迎えた2回目は、優勝争いの重圧から「完全に力んでしまった」と、全体6位の90・5メートル。それでも最初の大ジャンプで稼いだ点数でライバルの猛追を振り切り、初の栄冠をもぎ取った。

 札幌市生まれだが、小学3年時に父の転勤でジャンプが盛んな下川町に移り住んだ。同級生の伊藤将充(20)=土屋ホーム=に誘われ、下川ジャンプ少年団に入団。「最初は怖かったけど、どんどん楽しくなった」と、ジャンプにのめり込んでいった。

 当時から憧れの存在だったのが、現在指導を受ける岡部コーチだ。同郷の大先輩にあたり、譲り受けたお下がりのジャンプスーツを着用して練習に明け暮れた。佐藤慧は「世界の第一線で戦う岡部さんの鋭い飛び出し、全てが大好きだった」と話す。

 3年前、憧れの岡部コーチが所属する雪印メグミルクから誘われた。「ふさわしい選手になろう」と誓い入社したが、伸び悩み、岡部コーチからは「それが今の力」と厳しい言葉も受けた。「雪印は成績が絶対に必要。貢献できていない」と思い悩む時期もあったが、悔しさをやる気に変え、逃げずに練習を重ねた。

 「技術は良いものを持っていた。動ける体ができてきて、立ち上がるスピードが上がっている」と岡部コーチはその成長を評価する。チーム一真面目な男の地道な努力が、ようやく優勝という形になった。目標はW杯出場、そして4年後の北京五輪へと続く。「今は良い位置で(板に)乗れてスピードも出ている。北京に行くために、ステップアップしていかないといけない」と佐藤慧。ひたむきな21歳が、大きく胸を張った。(宮崎 亮太)

 ◆佐藤 慧一(さとう・けいいち)1997年7月27日、札幌市生まれ。21歳。下川小4年の時に下川ジャンプ少年団で競技を始める。下川中2年時に全国中学で2位。下川商高3年時に国体優勝。179センチ、63キロ。家族は両親と弟。

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