【＃平成】〈１４〉夏の多摩川でタマちゃんブーム

　天皇陛下の生前退位により来年４月３０日で３０年の歴史を終え、残り１年となった「平成」。スポーツ報知では、平成の３０年間を１年ごとにピックアップし、当時を振り返る連載「♯（ハッシュタグ）平成」を掲載する。第１４回は平成１４年（２００２年）。

　平成１４年８月７日、東京都大田区と神奈川県川崎市の境となる多摩川の丸子橋付近に突然、アゴヒゲアザラシが現れた。「タマちゃん」と名付けられた珍客は、国民的な人気者となり、連日テレビのワイドショーなどが追いかける一大ブームに発展。「タマちゃん」はこの年の流行語大賞に選ばれた。第一発見者となった川崎市在住の会社員、佐々木裕司さん（５２）と、名付け親となり、「タマちゃんリポーター」として奔走した黒住祐子さん（４４）に当時の話を聞いた。（甲斐　毅彦）

　８月７日昼頃、丸子橋と東横線の鉄橋の間を何かが泳いでいるのを見つけた佐々木さんは、最初は白い犬だと思ったという。「ゴールデンレトリバーかな」。だが、顔には耳がなく、前足にヒレがある。「アザラシじゃないか！」。職場にビデオカメラがあったことを思い出し、急いで取りに行った。戻ると姿を消していたが、服を着たまま夢中で川に入り、ビデオカメラを構えて待った。盛岡市で過ごした少年時代は釣りが好きで、中学時代は川に潜って、魚を銛（もり）で突いていたという佐々木さん。ブラックバスの釣り場にしている多摩川は深さも流れの速さも熟知していた。

　川の中で待つこと約３０分。球状の頭がポコンと川面に浮上した。再び水中に潜るまでの約１分間の映像は、この年最大級のスクープ映像となった。佐々木さんから映像を入手したフジテレビは、午後６時ごろ、スーパーニュースで放映した。

　翌８日、見物客はどんどん増えていった。近所の幼稚園児たちも興味津々。第一報を報じたスーパーニュースの黒住リポーターは「みんなが覚えられるお名前を付けようよ」と子どもたちに相談し「多摩川だからタマちゃん！」と命名。「タマちゃんリポーター」となってからは、ほぼ毎日追い続けた。

　「毎日川沿いを行ったり来たりで…。すごく暑かったし、川っぺりで照り返しも強いし、湿気もあるし、汗だくでメイクなんて気にしていられませんでした。このために涼しいメッシュ素材のスニーカーを新調したんですよ。ひと夏履いたんですけど、相当すり減ってましたね」

　１７日に多摩川から姿を消し、２５日に横浜市の鶴見川で再発見。再び姿を消すと９月に入ってからは横浜市の帷子（かたびら）川や大岡川にひょっこり現れた。毎日１０００人以上の見物客が集まるフィーバー。当時の小泉純一郎首相までも「私もちょっと見たいね」と興味を示した。横浜市西区はタマちゃんに特別住民票を交付した。「タマちゃんアイス」と称したアイスキャンディーを売る男性や「タマちゃん人形」や「タマちゃんＴシャツ」を売らんと便乗する人が続々と現れた。１１月にはタマちゃんがもたらした経済効果を８４億円とする試算が出された。

　前年には米同時多発テロが起こり、目に見えない不安が高まった時期だった。「アザラシを追っていて平和だねえ、と嫌みっぽく言う方もいましたが、動物の話題って平和だからこそ皆さんが求めるのだし、私も追い続けることができたのだと思います。平成の次の時代にまた現れたら？　もちろん追いかけたいです」

　１２月の流行語大賞発表会で、黒住リポーターと並んで壇上に立った第一発見者の佐々木さんは「一般人として光栄です」と緊張気味にあいさつ。著名人ではない人物が流行語大賞の発信源となった例は１６年たった今も、他にはない。

　◆黒住　祐子（くろすみ・ゆうこ）１９７３年１１月５日、東京都生まれ。４４歳。大妻女子短大卒。テレビ朝日「トゥナイト２」などを経て２０００年４月、フジテレビ「ＦＮＮスーパーニュース」のリポーターとなる。現在はテレ朝「じゅん散歩」などに出演。趣味はスキー、水泳など。家族は夫と２女。

　◆埼玉・荒川にも顔出し最後は海に帰った？

　「タマちゃん」は、北極海周辺からベーリング海、オホーツク海にかけて生息するアゴヒゲアザラシのオスだった。現在約５０万頭生息していると言われる。東京湾に侵入して来た経緯は明らかではないが、餌を追っているうちに迷い込んで来たものとみられている。

　多摩川での発見から約１か月後には宮城県歌津町（現・南三陸町）の伊里前川でワモンアザラシが発見され「ウタちゃん」としてブームになった。

　「ウタちゃん」はわずか３日間で行方不明となったが、「タマちゃん」は、２００３年になっても横浜市内の川に出没。国交省、環境庁、神奈川県、横浜市などが協議し、捕獲も検討されたが、ショック死の恐れがあることなどを考慮して静観することになった。

　０３年４月以降は埼玉県の荒川に出現。最後に確認されたのは、０４年４月１２日、上流河川事務所に設置されたライブカメラに映った姿。専門家の間では海に帰ったと考えられている。