築地市場「吉野家一号店」最後の一杯は安部会長の手で…豊洲市場店で「裏メニュー」引き継ぐ

2018年10月7日6時0分  スポーツ報知
  • 83年の歴史に幕を閉じた築地市場の豊洲移転に伴い、営業を終了する「吉野家 築地一号店」には多くのファンが殺到した
  • 「販売終了」の紙が貼られ営業を終えた「吉野家 築地一号店」

 「日本の台所」として数多くの魚や野菜を取引してきた築地市場(東京都中央区)が6日、最終営業日を迎え、83年の歴史を終えた。11日からは移転先の豊洲市場(江東区)が当初予定より約2年遅れで開場する。場内にある「吉野家 築地一号店」も最後の営業となり、約120人が行列。最後の一杯は吉野家ホールディングス(HD)・安部修仁会長(69)が自ら振る舞った。

 ついに迎えたラストデー。現存する最古の店舗には、約120人のお客さんの行列ができた。午前11時30分、40キロの肉を追加発注。それでも間に合わず、午前11時50分には店内販売を中止するほどだった。終了の知らせを聞き、遅れてきたお客からは「えっ、もう終わり?」と残念そうな声が漏れた。

 最後のお客になったのは、吉野家歴25年の会社員・山条大輔さん(41)。「大阪から来ました。最後の一杯は狙ってません。偶然です。何か緊張します。アタマ(肉)大盛のネギダクを注文しようと思います」。同店の「ネギダク」は通常店舗とは違い、肉は減らさず、タマネギを増量してくれる。他にも、脂身(トロ)が多い肉だけを盛りつける「トロダク」といった5種類の“裏メニュー”があるため、ファンから「聖地」と呼ばれる人気店だ。

 約1時間20分並び、入店。着席するとサプライズ演出が待っていた。最後の一杯を作ったのは吉野家HD・安部会長だった。アルバイトを経て入社し、「ミスター牛丼」と異名を取る会長からの歴史的一杯。河村泰貴社長(49)らが見守る中、山条さんは最後の一杯を完食した。

 安部会長ら店内全員からの「従業員一同、心より感謝申し上げます。ありがとうございました」の声とともに店を出た山条さん。「おいしかったです。緊張しました。会長さんが作ってくれたのは気がつきませんでした」。最後の客を記念して、店から丼をプレゼントされた。「この丼は宝です。飾ります」。興奮気味に語った。市場移転に伴い、11日には豊洲市場店が開店。築地の「裏メニュー」を引き継ぐ。

 営業が終了後も約1時間にわたり、店舗前には約150人のファンが別れを惜しんだ。1926年に日本橋から築地に移転して92年。築地市場開場から83年。東京大空襲による店舗焼失を経て、59年に現在地に移転してから59年。「聖地」からオレンジ色の旗が片付けられると、拍手が起きた。「伝説の店舗」は、牛丼好きのファンに見送られながら、歴史の幕を閉じた。(増田 寛)

 ◆築地市場 1935年、関東大震災で焼失した日本橋の魚市場や京橋の青物市場が、中央区築地に移転して開場。水産物約480種類、青果物約270種類を扱い、世界でも有数の規模を誇る。1日に4万人以上が出入りする。活気ある競りや運搬車「ターレ」が走り回る様子が見学できることから、近年は観光客に人気の観光スポットになっていた。

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