犬を通じて見えてきた平成史 『平成犬バカ編集部』著者・片野ゆかさんインタビュー

2018年12月14日11時50分  スポーツ報知
  • 「平成犬バカ編集部」の著者・片野ゆかさん

 犬をはじめとする動物をテーマにした数々著作を発表している、ノンフィクション作家の片野ゆかさんが新刊「平成犬バカ編集部」(集英社、1728円)を刊行した。平成は、かつて番犬と呼ばれていたこの国の犬たちが、家族の一員として受け入れられ、彼らを溺愛する多くの「犬バカ」が誕生した時代だという。本書は、2001年(平成13年)に創刊された日本初の日本犬専門誌『Shi―Ba』編集部を軸に、その実情に迫ったノンフィクション。犬を通して類例のない平成史に挑んだ片野さんをインタビューした。

(甲斐 毅彦)

 改元が来年5月1日に迫り、世は平成史ブームだ。政治経済、事件のみならず、ファッション、食、ヒット曲など、そのテーマは無数にあるが、犬という着眼点は珍しい。ざっくり言えば屋外で飼われていた彼らが、人間の居住スペースに入り始め、人と犬の境界線が消え始めたというのが最大の変化なのだが、それに伴い、住宅事情や旅行・レジャーをはじめ、人間の生活にも大きな変化をもたらした。

 「犬と日本人の現代史は、一つのテーマになるんじゃないかと考えていて、いずれ書きたいとは思っていました。ただ、学術書のような“お勉強チック”な本にはしたくはないし、エンターティメントとして楽しめるものにしたかった。平成は、昭和まではマニアの世界だった犬を溺愛することが一般化して、何の迷いもなく『かわいい』と言える『犬バカ』が生まれた時代なんです。ならば『犬バカ』が集まって公私ともに常に犬のことを考えている面白い集団を物語の中心にすれば、と」

 片野さんが作品の舞台に選んだのは、01年に辰巳出版が創刊した日本犬専門誌『Shi―Ba』編集部だ。軌道に乗るまで悪戦苦闘を続ける編集長らスタッフは「犬バカ」ならではのアイデアでピンチを乗り越え、愛犬家たちの心をつかんでいく。本書でつづられたその数々のエピソードは、ほほ笑ましくも人間臭く、そして犬臭くもある。

 「(辰巳出版の雑誌は)もともとパチンコや釣りなどの男性向けのものが中心で『Shi―Ba』が創刊されるまではファミリー層や女性層の雑誌はありませんでした。それが今はダックスフントやプードルなどいろんな犬種ごとの雑誌を作っている。揺るぎない『好き』を突き詰めた結果、17年もの間、読者を引きつけているのだと思います。エンタメ作品に限らず、実用品などを作る場合でもクオリティーの高いものを産み出すためには『好き』というエネルギーが大事なんだな、と思います。『好き』こそ一つの才能で、そこからしか生まれないものがあるように思います」

 かく言う片野さんも、「犬バカ」の一人だ。東京・世田谷区の実家の両親は大の犬好きで、物心ついた時には大型犬のグレイハウンドと暮らしていた。中学生の頃に亡くなってしまったが、20代になって一人暮らしを始めた時にはミニチュア・ダックスフントを飼い始めた。2011年1月に17歳9か月で亡くなった後は、動物愛護団体の譲渡会を経て、放浪していたところを保護されたという和犬ミックスと出会う。同年秋のことだった。「マド」と名付けたその犬を7年溺愛し続け、今に至る。

 「犬関連の取材は始めて四半世紀になりますが、自分自身で飼った犬体験は、その3頭です。1頭1頭、親密に向き合って来ました。生活環境やフードの栄養バランスの改善、フィラリア予防薬の開発、ワクチン接種の徹底などで犬の平均寿命は昭和に比べて長くなっていますね」

 動物との関わりを通じて、その時代の人間や社会を描くという視点そのものは、かなり昔からある。インド独立の父、マハトマ・ガンジーは「国家の成熟度とその民度は、動物の扱いによって分かる」という名言を残している。昭和の動物作家・椋鳩十(1905~87年)は動物を通して社会のあり方を問うた。戦中が舞台の代表作「マヤの一生」を幼い頃に読んだ人は多いのではないだろうか。椋がモデルとなった主人公の愛犬マヤに対して軍部が「軍用犬以外は殺せ」と命じる悲劇は、多くの少年少女の心に刻まれた。

 ノンフィクションという手法で現代の語りべ役となっている片野さんは、平成という時代ほど人間と犬との関係が変化した時代はこれまでになかったとみる。その転機は2つある。1つは73年制定の動物保護管理法が、99年(平成11年)の法改正で動物愛護管理法とされ、飼い主の責任や義務が強化されたこと。もう1つは2011年(平成23年)の東日本大震災だ。被災地に置き去りにされた被災ペットの存在が社会問題となり、動物保護への社会の意識が高まったことだ。

 「震災を機にマスコミの扱いもガラリと変わりましたね。助けなくてはいけないのは人間だけではないと気づく人が確実に増え、国の動物救援機関への寄付も1年たたないで数億円集まりました。災害時にどう彼らを保護するか。それを考えられる社会であるならば、子ども、高齢者、障がい者という弱者が見捨てられることはない。犬の“社会進出”と言っては大げさかもしれませんが、平成になってやっと彼らは社会の一員として中に入れたのだと思います」

 ◇片野 ゆか(かたの・ゆか) 1966年東京・世田谷区生まれ。大学卒業後、求人広告誌の営業職を経て、作家活動に入る。2005年『愛犬王 平岩米吉伝』で第12回小学館ノンフィクション大賞を受賞。『旅する犬は知っている 26匹の犬が教える“極楽旅行の秘訣”』『犬が本当の「家族」になるとき』『アジワン~ゆるりアジアで犬に会う』『ゼロ! 熊本市動物愛護センター10年の闘い』『旅はワン連れ ビビり犬・マドとタイを歩く』『動物翻訳家 心の声をキャッチする、飼育員のリアルストーリー』など著書多数。話題を呼んだ『北里大学獣医学部 犬部!』はコミック化された。夫はノンフィクション作家の高野秀行さん。

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