開高健ノンフィクション賞受賞作『空をゆく巨人』26日発売 著者・川内有緒さんインタビュー

2018年11月25日18時48分  スポーツ報知
  • 「空をゆく巨人」で開高健ノンフィクション賞を受賞した川内有緒さん

 今年の開高健ノンフィクション賞を受賞した川内有緒さん(46)の「空をゆく巨人」(集英社)が26日、刊行される。主人公は福島県いわき市の会社経営者、志賀忠重氏と中国福建省生まれの現代美術界の巨匠、蔡國強(ツァイ・グオチャン)の2人。両氏は国籍も、職業も、生き方も異なるのに、運命的な邂逅(かいこう)以来、友情を深めていくとともに世界に類例のない「アート作品」を生み出していった―。彼らの魅力に取りつかれ、2人の人生を追って見えてきたものとは? 著者の川内さんをインタビューした。(甲斐 毅彦)

 川内さんが両氏の生き方を追うきっかけとなったのは、旅をテーマに記事を書くための「ネタ探し」をしている時だった。偶然見つけ、好奇心をかき立てられたのが、母の故郷・福島県いわき市にある「いわき回廊美術館」。調べてみると、美術館とはいえ、2011年の東日本大震災後に山の中に造られた野外施設らしい。入場無料で営業時間は「夜明けから日没まで」とある。川内さんは、その設立の中心となった志賀氏に会いに行き、取材が始まった。

 「志賀さんの(発想や行動が)面白かったんです。しばらく通うようになって、(美術館を構想した)蔡さんにもお会いする機会があった。現代美術界の巨星と呼ばれる人ですから、スターみたいな感じかと思ったら、いつも皆さんに気遣いをされるすてきな方でした。志賀さんと蔡さんが出会うのは80年代後半。30年以上にわたる2人の関係にひかれたという感じですね」

 いわき市出身の志賀氏は、商才に長(た)け、太陽光温水器販売などで財をなした会社経営者。好奇心旺盛で、厄介なことでも頼まれたら引き受けてしまう好人物だ。アートには全く関心がないが、原発という「負の遺産」を残したことを悔い、完成まで250年を想定した植樹活動「いわき万本桜プロジェクト」を進めている。

 蔡氏は、29歳で来日した当初は無名だったが、火薬の爆発を使って描く「火薬画」や核やテロなどの社会問題と向き合った作品が世界で評価されたアジア屈指の現代美術家だ。

 川内さんは両氏の背景を取材すればするほど面白く、それぞれの生き方に魅力的を感じた。だが、これをノンフィクション作品として1冊の本にまとめることができるのだろうか。構成はなかなか決まらなかった。最後の最後は、苦労して取材した情報を彫刻作品でも作るかのように、削りに削りまくっていった。

 「取材を始めてから書くと決めるまでは1年ぐらいかかりました。突拍子もないエピソードが多すぎて…。なぜ2人が面白いのかと言えば、常識にとらわれないところ。例えばプロジェクトに公的資金を入れる発想はなく、私費を投じるなどハチャメチャなんです。そこまでしてなぜこの人たちは一大プロジェクトをやっているのか。そういうところを描きたいと思ったら自ずと削って良いところが分かってきました」

 苦心の末の一冊は、まさに開高健ノンフィクション賞の対象である「従来の枠にとらわれない、広いジャンル、自由なものの見方・方法によるノンフィクション」にふさわしい作品となった。

 「目標を持って夢を追いかける人に触れることで自分も何かをやりたくなる。そういう気持ちになってもらえたらいいな、と思います。もちろん人生こうあるべき、という押しつけはしたくない。多様な生き方を肯定したいと思っています」

 川内さんがノンフィクションを書くきっかけとなったのは、フランス・パリを本拠地とするユネスコ(国際連合教育科学文化機関)勤務時代。パリに住み着いた何人かの日本人と知り合い、その暮らしを描いた「パリでメシを食う。」(幻冬舎)を2010年に出版し、本格的な作家活動に入った。13年には「バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌」(幻冬舎)で新田次郎文学賞を受賞。さらに今回開高健賞も受賞したが、執筆の意欲は衰えない。

 「『空をゆく巨人』で描いたのは『日の当たる人』のストーリーですが、誰も知らない人をテーマにしたノンフィクションもまた書いていきたい。現代美術の裏側を描くようなことにも。やりたいテーマはいろいろありますが、自分にしかできないものを追及できたら、と思います」

 ◇川内 有緒(かわうち・ありお)1972年、東京都生まれ。日大芸術学部卒業後、米ジョージタウン大学で修士号を取得。米国企業、日本の調査研究機関、フランスの国連機関などに勤務後、フリーのライターとして評伝、旅行記、エッセーなどを執筆。著書は「バウルを探して 地球の片隅に伝わる秘密の歌」「パリでメシを食う。」「晴れたら空に骨をまいて」など。

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