H松田&東浜、DB山崎康、C薮田…なぜ亜大OBはプロで活躍できるのか? 生田監督に指導哲学を直撃

スポーツ報知
今秋の日本シリーズを争ったソフトバンク松田、DeNA山崎康―嶺井のバッテリーは全て亜大OBだ

 東都大学野球リーグの強豪・亜大が創部60周年を迎えた。2004年から14年間、指揮を執るのが生田勉監督(51)だ。戦国東都でリーグ優勝9度、明治神宮大会優勝3度、全日本大学選手権の準優勝2度と卓越した采配を見せるだけでなく、ユニークなチームマネジメントで多くのプロ野球選手を輩出している。なぜ、亜大OBはプロの世界で活躍できるのか。その指導哲学を直撃した。(聞き手・加藤 弘士、青柳 明)

 多くの野球ファンが素朴な疑問を抱いた瞬間だろう。ソフトバンクとDeNAによって争われた今秋の日本シリーズ。打者・松田と山崎康―嶺井のバッテリーが対峙(たいじ)するシーンが地上波で流れた。プロ野球最高峰の戦いで、画面に映る選手は、全員が亜大OB―。彼ら3人だけではない。なぜ亜大で4年間、鍛え続けた男たちは、生き馬の目を抜くプロの世界で勝ち残り、活躍できるのだろうか。生田監督はその問いに、こう言葉を紡いだ。

 「あのシーンもそうですが、CSでの広島も含めてですよね。3人だけでなく亜蓮(九里)や薮田ら今年のOBの活躍は見ていて楽しみというか、興味を持って見させていただきました。ウチはいろんな方から『亜細亜=厳しい』という目で見られています。じゃあ、何が厳しいのか。みんなそこに入っていかないんですよね。今の若者が『厳しい』と感じるのは、しつけの面であると考えています」

 最も重視するのは、心の鍛錬だ。

 「例えば、あいさつをするなら、歩きながらではなく立ち止まって相手の目を見て『おはようございます』と言った方がいい。同じようにご飯を食べて『ごちそうさま』と言うのだったら、二言目に『おいしかったです』と続けば、言われた方は『作ってよかったなあ』と次につながるんです。そういう礼儀については、うるさく指導します」

 約100人の部員と指揮官を結ぶのは手書きの「野球日誌」だ。選手たちは毎日1、2ページ、感じたことや考えたことを大学ノートに記し、生田監督に提出する。

 「今は大学のリポートもパソコンでパッパッとできちゃう。誤字脱字もソフトが指摘してくれます。昔はラブレターでもいろいろ考えて、自分の思いを書いたでしょう。今の子は気持ちを手書きでつづるのが苦手です。慣れれば10分で終わることを、入寮してきた1年生は1時間、1時間半かかってしまう。誤字脱字があればやり直しさせます。すると相当、時間が割かれてしまう。『なぜ亜細亜は厳しいと言われているのか』をリサーチすると、自分の自由時間が削られてしまうからだという。だけど、ずっとやり続ければ、人前で思いを堂々と伝えられるし、心は強くなれるんです」

 一方、グラウンドでの練習は効率を重視する。東京・日の出町のグラウンドは設備が充実している。ブルペンは1度に10人が投球可能。打撃マシンもズラリそろう。15年に新設した最新鋭のウェートトレーニングルームは快適そのものだ。

 「練習時間は昔と比べて、短くなっています。その中でどうやって成果を上げるか。まずは環境を整えなくてはいけない。松田を中心に岩本、東浜、九里、山崎らOBたちが資金提供して、施設を整えてくれています。卒業生が後輩達に協力してくれていることはありがたいです」

 オフにはプロで活躍するOBたちがグラウンドを訪れ、汗を流す。まぶしい姿が現役部員のモチベーションを高めてくれる。

 「百聞は一見にしかずです。普段の練習に『厳しいな。こんなことやっても無駄じゃないのか』と思うかもしれない。でも同じメニューを松田も東浜もみんなやり抜く。一流選手の姿を生で見ていれば『無駄じゃないんだな。俺も頑張れば、ああなれるんじゃないかな』と確信が持てるでしょう。OBから現役へ、いい形でバトンをリレーできている状況だと思います。中でもキーマンは僕にとって松田宣浩です」

 WBC日本代表のサード。34歳になった今でも大きな声を出し、チームを鼓舞する。「熱男」と呼ばれるその姿勢は、ソフトバンクの強さの根源でもある。心を研ぎ澄ますとともに、技術と肉体を高めていったお手本があるからこそ、後進はその存在を目標に一日一日を完全燃焼できる。

 「だからウチの卒業生が大舞台で活躍しているのは、たまたまでも偶然でもない。必然だと思います」

 心を鍛えるための取り組みは、厳しいだけじゃない。遊び心もまた、生田監督の指導哲学と言える。

 「心をどう鍛えるか。大事なのは五感をいかに使えるかです。今の子は野球とスマホしか知らない。だから極力外へ行ってボランティア活動に取り組んだり、美術館やプロの歌手のライブ、吹奏楽のコンサートに出かけたりしています。体を動かさなくても、目で見て耳で聴いて、鳥肌が立つ。映画でも音楽でも、それを味わってほしい」

 「みんなプロ野球選手になりたいと言っているのに、毎日練習ばかりでプロ野球を見に行ったことがないという。じゃあ見に行くぞって。打撃練習から行きます。そこで何かを感じてほしい。焼き肉を食べに行く時もそうですが、ウチは部員100人全員で行くんです。一人でも風邪を引いて行けなかったら、延期です。僕は100人の部員を実の子だと思っています。教育費を削ることなく、いろんな経験をさせてあげたいんです」

 未知の世界を知ることは人生を豊かにする。そんな思いから、東大野球部との交流にも力を入れる。

 「合同トレやオープン戦の後には、勉強のやり方を教えてもらっています。ここには指導者は一切入りません。選手同士でやるんです。早い段階でデキる人との接点があると、人生が変わるかもしれない。貴重な時間ですよね」

 東大ナインからすれば、強豪高校出身者が並ぶ亜大ナインは憧れの存在。指揮官はそんな化学反応を楽しんでいるように思える。

 大学でさらに野球を続け、男を磨きたい―。そう志す高校球児たちに、メッセージを贈ってくれた。

 「最近は『一番厳しい大学で日本一になりたいんです』とウチを志望してくれる選手もいます。本当にうれしいですよね。『厳しいのは嫌だ』という子もいれば、『厳しくてもやりたい』という子もいるんだなって。365日、休みを引いたら1年で300日。4年間で1200日―。この時間を一生懸命頑張ったら、人生が変わります。絶対に成長できると思いますね」

 ◆生田 勉(いくた・つとむ)1966年8月16日、大分県生まれ。51歳。柳ケ浦、亜大では主将。NTT東京(現NTT東日本)で3年間プレー後、92年から亜大コーチ。03年12月、亜大監督に就任した。11年秋からはリーグ戦後初の6連覇を達成するなど、リーグ優勝9度。明治神宮大会優勝3度、全日本大学野球選手権準優勝2度の戦績を誇る。

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