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不振の阪神・藤浪が繰り広げる“内なる自分”との戦い

2017年8月23日16時0分  スポーツ報知
  • 阪神・藤浪

 不振で2軍調整中の阪神・藤浪晋太郎投手(23)を取材すると、いつも「感覚としては―」というコメントを聞く。「感覚としてはよかった」と続く場合は、結果が出なくても納得する部分があるのだろう。22日のウエスタン・リーグ、ソフトバンク戦(鳴尾浜)で先発し、2者連続アーチを浴びて2回4失点だった試合後も「感覚としてはよかったんですけど、結果として示したかった」と語っていた。しかし、表情に暗さはなかった。

 「感覚」と言えば視覚、聴覚などの五感に加え、現在では研究の中で、それ以上さまざまな数の感覚があるとされている。ボールを投げるという作業の中で、藤浪投手は自らの中にあるさまざまな感覚と向き合っているようだ。「感覚としてよくなかった」とコメントする時に「打者と勝負する以前の問題でした」と続けることがあるのは、打者の前にまず“内なる自分”との戦いを繰り広げているという意味だろう。

 マウンド上で197センチの身長と長い腕を操り、160キロ近いボールを繰り出す感覚は、一般人には到底想像できない。野球選手の中でも、限られた人間にしか感じられない感覚のはずだ。限られた感覚であるからこそ、藤浪投手の周囲にも同じ感覚を共有できる人間が少なく、復調に時間を要しているのかもしれない。

 以前、阪神の久保2軍投手コーチは藤浪投手について「投げる喜びというか、自分がすばらしい投手だということをマウンドで感じてほしい」と語っていた。投げることが楽しいという“感覚”を取り戻せば、もう心配ないだろう。時間はかかるかもしれないが、藤浪投手が自ら内なる感覚との戦いにある程度決着をつけられたら、今度は外から感じる感覚に目を向けてほしい。甲子園のマウンドで、阪神ファンからの大声援を受ける感覚。どんな球場よりも、投げる喜びを感じられる場所が、藤浪投手のすぐ近くにある。(阪神担当・金川 誉)

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